第20話 女子会は複雑怪奇

「澤山さん、この店とかどうですかね? ほら、お値段お手頃で雰囲気良さげですよ!」

「おー、メシの種類も結構あるんだな。馬路、お前はここで大丈夫か?」

「はい、澤山さんとご一緒させていただけるならどこでもお供します」

「ホントそういうとこだぞ、お前」


 どこからともなく食欲を誘う匂いが漂うお昼時、営業係の3人は会社近くのレストランへと足を運んでいた。

 ランチタイム真っ只中ということもあり、店内は多くの人でにぎわっている。大半はスーツ姿の社会人だが、お茶をしているマダムの姿もあった。


 3人は店員に案内され、大きな観葉植物が飾られている近くの席へと座る。出されたおしぼりで顔を拭きながら、澤山が呟いた。

「しっかし……安保はどこ行ったんだ? デスクに居なかったから置いてきちまったが」

「うーん、お昼前にはいましたけどねぇ……ん? 馬路さん何見てるんですか?」

「……いや、あの、あそこにいらっしゃるのって――」


 困惑した表情の馬路。澤山と土師がその目線の先を追うと、


「いやぁ、久々にランチご一緒できましたねぇ」

「ええ。ちょうど時間が合って良かったわ」


 ニコニコと楽しそうに話す安保と飯能が座っていた。


「あ、安保さ――」

「バカ土師静かにしろ!」

 思わず大きな声で叫びかけた土師の口を、澤山がベチンと抑える。

 こちらから向こうは見えているが、観葉植物が壁となっているため、2人からこちらは見えていないようだった。


 安保と飯能、性別以外あまり共通点が無いように見える二人だが、確かに楽しそうに話している。何の話題で盛り上がるのか。女子会的な話題か、もしくはもっとカオスなものなのか。内容が気になりすぎる。


 3人は目配せをし、安保と飯能の会話に耳をそっと傾けた。


「――ね、安保さんは最近どうですか?」

「うーん、最近はやっぱ外貨投資ですねぇ。オーストラリアドルとか南アランドに手を出しちゃってます」

「なるほど……不動産投資はどうかしら? 私はそっちをやっているけれど、一棟買いが効率いいのよ。利回り5%くらい確保できるし」

「あー、それもいいですねぇ。冒険しちゃおっかなぁー」


 男性陣は目線をお互いに向け、無言で会話する。

(え?これOLのランチで飛び交う会話? 最近の若者はこうなの?)

(いや、少なくとも僕はあんな会話しないですけど――)


「失礼します。お客様、「「「――わ゛っ?!」」」――ご、ご注文はお決まりでしょうか?」

「あっ、は、はい、申し訳ない。えーっと……」

 突然の店員の声にビクッと肩を跳ねさせながら、3人は慌ててメニューをめくった。


「――以上でございますね。ありがとうございます、少々お待ちください」

 注文が終わり、店員は厨房の方へ去っていく。気を取り直して、女子会(仮)の会話に再び耳を傾けた。


「最近肌が荒れ気味で……季節柄しょうがないけれど困っちゃうわよね」

「めっちゃわかります。私このメーカーのシートマスク使ってますよ、保湿ばっちりでオススメです」

「あっ、これ気になってたのよ、帰りに買っちゃおうかしら」

「あとはこっちの美容液もいいですよぉー」


(あれ? まともな女子会ですね)

(先ほどの会話は我々の幻聴だったのでしょうか……?)

(いやそんな訳――)


「失礼します、「「「――わ゛ぁ?!」」」――お、お料理をお持ちしました……」

「は、はい……ほんっと申し訳ない」

 澤山が涙目の店員に平謝りしながら料理を受け取り、三度みたび、耳をそばだてる。


「やっぱり、己の市場価値を把握するのって大切だと思うんスよ」

「そうよね。現状に満足せず、上を見続けるべきだと思うわ」

「努力を止めたら、ニンゲンそこで終わりですからねぇー」

「今の社会に求められる人物とは何かを意識して、価値観も能力も常にアップデートすべきよね」


(意識高い系?!!)


 手元のランチセットにフォークを差したまま、3人はとうとう宇宙猫状態になった。

 そんな彼らに気付く様子もなく、安保と飯能は食事を終え、店外へと去っていく。




 ありがとうございましたー、という声を背に、安保と飯能はイタズラっぽい笑みを浮かべてから、会社へと戻っていったのだった。

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