第18話 毛が触れ合うも他生の縁

「にゃーん」

「……ねっ、ねっ、ねっっ」


 猫だあああああああああああああ!!!!





「あの澤山さん、今、安保さんの叫び声が聞こえたような……」

「ははは、俺上司だから予想できるんだが、絶対面倒なことになる「澤山さーーんっ!! 猫です!!!」……な? なっただろ?」


 諦めたように微笑む上司に、馬路はどう返せばよいかわからず頬を引き攣らせた。


 大きな音を立てて入ってきたのは、先ほど話題に上がった安保だった。しかし、普段のローテンションっぷりはどこへやら。今日の彼女は肩で息をしながら、目を爛々と輝かせていた。


 そして、その腕には、何とも可愛らしい子猫が居たのだった。



「で、どこの猫なんだコイツ」

「会社の入口にいました。段ボールに『拾ってください』って書いてたので、救出したんですよぉ」


 こんな寒い中、お猫様を捨てるなんてひどい奴もいたものです!と憤慨する安保を見ながら、澤山はため息をついた。青みがかったグレーの毛を持つ子猫はぴちゃぴちゃと音を立てながら、紙皿に入れた水を飲んでいた。


「わぁああ、ちゃんと飲んでる!可愛いっ! あとで僕も抱っこしていいですかね?」

「とてもきれいな毛色ですね、ブリティッシュショートヘアーという猫種に似ている気がします。いやしかし、これは愛くるしいですね……」

「ふふふ、そうでしょうそうでしょう! 後でキャットフードも買ってきますからねぇー」

「いや、まずは獣医じゃないか? 早めの昼休憩って事にしていいから、とっとと連れて行こう」

「澤山サン、ため息ついてたくせにメロメロじゃないスか笑った」


 タオルの中で懸命に生きようとしているその小さな姿に、4人はすっかり虜となっていた。膝をついて猫の様子を覗き込んでいるが、その一挙一動全てが可愛く見えてくる。こんなの仕事に戻れるわけがない。

 いや逆に、ずっと事務所ここに居てくれたらなんて素晴らしいことか……


 そこまで考えたところで、4人はゆっくりと顔を上げた。視線を交わして、それぞれのデスクへ戻る。


「澤山さん、猫を飼っている会社の事例まとめました。飼うことによるメリットと、各事例で認められたリスク・対処法も入れておきました」

「澤山さん、年間でかかる費用をまとめました。これなら僕たちで分けて出し合えば何とかなりそうです」

「澤山サン、自分はこの子を獣医に連れていきますね。万が一NG出たら、社長の頭にこの子を乗せてやりましょー」

「よーし、十分だ。 ――あとは任せろ!!!」


 鬼気迫る勢いで、澤山が部屋を出る。向かった先は――

「突然申し訳ありません社長!! 一点、緊急のご相談が!!!」


 相談の結果は、社長が猫派だった、ということで察していただきたい。





「ヨモギー、ごはんですよー」

「にゃぁー」


 安保に『ヨモギ』と呼ばれた子猫は、今日も事務所で幸せそうに鳴いているのだった。

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