第12話 五発で五回

「私、ミル・キーウェイ。一七歳、よろしく」


「き、キース・アンディシュ……、一八歳……」


 俺はミルという金髪が無駄に長い嬢に無理やりピンク色っぽい部屋に連れ込まれ、ベッドに座らせられた。両脚の太ももをピッタリとくっ付け、何が起こっているのか全く理解できない。心臓の鼓動があまりにも早く、部屋は結構広いのに息が苦しかった。


 ――に、逃げるべきか。こ、こんなの、どう考えても詐欺だろう。高額な請求をされるに決まってる。早く出て行こう……。


「私の方が年上だと思ったけど、キースさんの方が全然上だったね。顔が子供っぽいから成人していないって思っちゃった。でも、今まで生きてきて顔が子供っぽいまま成人している人、初めて見たよ。なんか、得した気分」


 ミルは微笑みながら、鞄を鏡台に置く。


「え、えっと……。いったい何が始まるんだ……。俺、逃げたいんだが……」


「なにって強盗からお金を守ってもらったお礼だよ。あの時はほんと油断した。銀行でお金を下ろしたばかりだったから、気分がよくなっててさ浮かれてたんだよね。鞄が無くなっていたら私、本当に死んでたよ。最悪、兄さんに泣き着くところだった。だからキースさんに本当に感謝してるの。何度でも言うよ、ありがとう、キースさん」


 ミルは羽織っていた薄茶色のローブを脱ぎ、薄手な布地で黄色っぽいロングドレス姿になり、俺のもとに歩いて来る。


 ミルの身長は一六五センチメートルほどで女にしては高めだ。俺と三センチしか変わらない。


 胸と尻が異様にデカく、無駄に美人だ。はっきり言うと俺好みの女。だが、裏がありそうで容易に喜べない。


 俺は口内が乾燥し、喉の奥に引っかかった硬い唾をむりくり呑み込んで冷静さを保つ。


「ただ、鞄を取り返しただけの男にここまでするかよ。なんだ。何が望みだ。お前の裏を見せろ」


「もう、ほんと用心深いんだね。私に裏なんてないよ。ただただ借りを作っておくのが癪なだけ。男に借りを作らせておいてもいいことないし」


「つまり、ミルは俺が鞄を取り返したと言う借りを返したいだけと言うことか?」


「そう言うこと。じゃあ、早速はじめよっか」


 ミルは黄色のドレスすら脱ぎ、スケスケのブラジャーとパンティーだけになる。


「や、止めろ。俺は風俗で童貞を卒業したくない。それなら死んだほうがましだ!」


 俺は後方にずり動き、右手を前に出してミルの行動を止めさせる。


「えぇ、キースさん、童貞なんだ~。やっぱりね。なんか可愛いと思ったんだよ。にしても童貞なんてさっさと捨てちゃいなよ。その方が生きるの楽だよ。辛いことは忘れてさ、性欲に溺れてもっと好きなだけ気持ちいいことを私としようよ」


 ミルは止まらず、大きな胸を跳ねさせながら俺のもとに歩み寄ってくる。


「か、可愛いっていうな。別にいいだろ童貞だって。捨てるか捨てないかくらい自分で決める。お前の借りを返すために捨てられるか」


「お堅いなー。今の時代、童貞の方が少ないよ。中央区ならカジノとか温泉とか、色々な娯楽施設があるって言うじゃん。でも下町には風俗しかない。だから、下町の男は皆、風俗に来るんだよ。キースさんは、女で遊ばないの?」


 ミルは首を傾げ、俺の生活模様を聞いてくる。


「女にうつつを抜かして遊んでいられる金なんてあるか。俺は妹の病気を治すために莫大な金が要るかもしれないんだ。そのために貯めているんだよ」


「え……。キースさんの妹さんは病気なの?」


 ミルは小悪魔っぽい顏から、一気に下町の不幸な女になった。


「何だよ、しみったれた顔しやがって。別に下町ならよくある話だろ。同情なんかいらねえよ。それかなんだ、お前も同じ口か?」


「わ、私のところは弟が病気なんだよ。病気を治すために兄さんと私でお金を稼いでる。でも、兄さんは真っ当な方法でお金を稼いでいない。だから嫌いなの……」


 ミルは嘘か本当かわからない話しをした。加えて瞳に涙を上手く溜め、瞼を閉じると雫が頬を調子よく伝った。こいつら嬢は相手の情を誘い、金を巻き上げようとする。本当かどうか知る余地はない。だから、信じないのが吉だ。


「泣きまねか、それとも猿芝居か、俺にそんな顔を見せても無駄だ。金は銅貨一枚だって渡さねえよ」


「別に、助けを求めてないでしょ。ただ、同じ気持ちを知る者同士、仲良くしようよ」


 ミルは手を差し出してきた。


 ――嘘かほんとか知らないが、友達ごっこなんてしている場合じゃない。ましてや、女遊びなんてもってのほかだ。


 俺はベッドから床に移動してポケットに入っていた弾を五発、嬢に渡した。


「な、何で銃の弾なんて……」


 ミルは手の平に置かれた弾と俺の顔を見回し、理解が追い付いていなかった。


「弾は一発銀貨一枚以上する、高価な品だ。五発で銀貨五枚。金じゃねえが綺麗な体を見せてもらった礼だ。護身用に持っておけ。ま、銃がないと使えないがな」


「ちょ、キースさん。鞄を取り返してもらって弾までもらうなんて出来ないよ。せめて一発抜かせて。あれ、今、私上手いこと言った?」


 ミルは馬鹿な顔で呟いた。その顔が無性に愛らしく見える。


「……言ってねえよ。あと、俺にそんな余裕はない」


「嘘つき、弾が撃てる準備がもう終わってるくせに。五発貰ったから五回、好きな所に撃っていいよ」


「……そんな撃てねえよ。最大三発が限界だ。それ以上は銃口と銃身が焼けちまう」


「ふふっ、キースさん面白いね。ますます気に入っちゃったよ。本番は無しでいいからさ、ストレスを解消していきなって」


 ミルは俺の腕を掴み、デカい胸で挟んできた。そのままベッドに引き戻し、俺の弾倉が空っぽになるまで空撃ちさせてきやがった。こんな気持ちいい発砲があってたまるか。


「もぅ、キースさん……三発なんて嘘つき。一〇発も撃つなんて許した覚えがないぞー。でも毎回すごい威力だね。マグナム弾でも入ってるんじゃないのー」


 ミルは俺の隣に寝ころび、抱き着いていた。微笑んだ表情が、俺の乾いた心にしみ込んでくる。女遊びにはまる男の気持ちが少々わかった気がした……。


「う、うるせえ。俺もこんな撃てるとは思ってなかった。ミルが上手いからだ。でもこんな無駄な自己嫌悪は初めてだよ。貴重な時間を使ってくれてありがとうな」


 俺は皮肉ったつもりだったのだが、ミルの方は目を丸くしてしどろもどろになっていた。


「あ、ありがとう。ほ、褒められたの初めてだったから……、嬉しい」


 ミルは頬を赤くし、無駄に乙女の顔をしやがった。嬢がそんな感情を見せてるんじゃねえよ。惚れそうじゃねえか。


「今回きりだ。もう来ねえ。外で会っても声をかけてくるなよ。うっとおしいから」


「ほんとキースさんって自分勝手だね。勝手に人を助けて褒めて喋りかけるなって」


「男は自分勝手な者だろ。相手のことばかり考えていたら生きて行けねえ」


「それ、キースさんが言うのおかしいよ。キースさんほど相手のことを思っている男の人はいないと思う。私が知っている男は無駄に強い力を使ってくるから……。ま、金になるのも事実だけどね」


 ミルは表情を暗くし、呟く。


「今晩は楽しかった。久々に辛い日々を忘れてしまった気がする。お前のせいだ、ふざけるな」


「もう、何言ってるかわけわかんない。私はまた来てほしいけどな~。いつでも私で童貞を捨てていいからね~。キースさん、大好きー、ちゅっちゅ~」


 ミルは俺にキスしようとしてきた。今日あったばかりだと言うのに気色が悪い。


 俺はミルの手を取って甲にキスをした。貴族の挨拶らしいが、こいつにはこれくらいで十分だろう。


「……へっ?」


 ミルの顔は赤く「何がどうなっているのかわからない」と言った表情をしていた。


「じゃあな。お前は可愛いから、他の嬢より金を稼げるはずだ。老後にはしっかりと備えておけよ。金があるに越したことはないからな」


 俺は全裸姿でベッドを降り、ミルによって綺麗に畳まれた服を着る。そのままミルを置いて部屋を出た。


 外はすでに暗く、街灯がうっすらと光っていた。俺は病院に向かう。


「はぁ……。時間を無駄にした。リーズ先生が返って来てるかもしれねえってのに、俺は何をしていたんだ……」


 俺は先ほどの光景を思い出す。ミルが俺の銃口を厭らしく舐めたり銃身を美味しそうにしゃぶったりする様子がありありと思い起こされ、下半身が疼く……。その都度、頭を振った。


「今、テリアちゃんが誘拐されているんだぞ。俺は馬鹿なのか。もし、テリアちゃんに何かあれば、俺が死んでリーズ先生に詫びなければ……」


 午後一一時。病院に到着すると、珍しく多くの電球が付いていた。俺は病院の中に入り、広間を歩いてトイレの横を通ると、ちっこい女が現れる。


「ぎゃわ~ん! お化け~!」


 長い金髪を後頭部で結び、身に銀色の鎧を着こんだ低身長の女が叫ぶ。そのまま左腰についている剣(サーベル)を引き抜き、ブンブンと振りながら威嚇してきた。


「…………デカ尻女」


「だからデカ尻じゃなって! って、キースさんじゃないですか。お久しぶりです」


 デカ尻は現れたのが俺だと知り、態度を改め、頭を下げてきた。


「ああ、五カ月ぶりだな。で、何でデカ尻がここにいるんだよ?」


「ちょっと……、キースさん。私が大貴族だってわかって言っているんですか……」


 デカ尻はわなわなと震え、長い髪がフワフワと浮きだす。病院の窓は開いておらず、外は無風だったはずだ。手品か何かか……。まあ、案の定、魔法の類だろうな。


「ああ。すまない。お前の名前を忘れた。尻がデカかったくらいしか記憶がないんだ。あ、あと、胸がぺったんこだったことも覚えてるぞ」


「無駄なことばかり覚えてくれちゃって……。私はあなたの名前をしっかりと覚えてあげていたのに、私の名前を忘れるなんて中央区の大貴族の子息でもしませんよ!」


 デカ尻はぷんすかと怒るが、見かけが可愛らしいからか、全く怖くない。ほんと、小動物みたいな生き物だ。


「そんなに怒るなよ。お前はルーナだろ。ルーナ・チン・スキティンティン。ほら、ちゃんと覚えてた。これで許してくれ」


「だぁ~! そんな卑猥な家名じゃありません! ルーナ・チン・セレモンティ! です! 失礼にもほどがありますよ!」


 ルーナは顔を赤くし、病院内で大きく吠える。加えて剣も振り回した。


「すまん。相手の家名を覚えるのが苦手なんだ。馬鹿だからな。あと剣を振り回すな。当たったら危ないだろ。刃物は人に向けちゃいけないって習わなかったのか?」


「感情をいちいち逆なでてくる人ですね……。もう、怒りつかれました」


 ルーナは右手に持っていた剣を左腰の鞘にさっと納める。その動作を見たところ剣術に長けているようだ。


「んで、ルークス王国の栄えある最高戦力であらせられる聖騎士様がなぜ下町の汚い病院にいるんだ? 今回は小さな胸を撃たれたわけじゃあるまいし、他の騎士もいないようだが」


「今回、私はテリア・ブレーブちゃんの救出に当たるために下町のリーズ病院に着任いたしました!」


 ルーナは俺に敬礼し、この場にいる理由を簡潔にまとめた。


「テリアちゃんの救出……。なるほど。って、聖騎士が直々に救出作戦を組んでくれるのか? そりゃありがたいな。もう、救出したのも同然じゃないか」


 俺はルーナの華奢な肩を両手で持ち、安堵した。

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