第13話 聖騎士との作戦会議

「たとえ聖騎士だとしても、一人で戦場に潜入し、少女の奪還を行うのは至難の業です。なので作戦はまだ決めていません」


 ルーナははっきりと言い切った。


「は? 一人……。この前は多くの騎士を従えていたんだろ。なら今回も……」


「私はリーズさんへの恩義とテリアちゃんへの感謝を返すために下町に一人で来ました。他の騎士達は別の任務についています」


 ルーナは胸に手を当て、騎士のように凛々しく語った。 ――あ、騎士だったな。


「ま、まあ。聖騎士が来てくれたのはありがたい。百人力と言いたいところだ。もの凄く心強いが……、お前なのか?」


 俺は「どう見ても、子供だ。こいつが強いのか?」と疑いの目をルーナに向ける。


「なにか文句でもあるんですか?」


 ルーナは眉間にしわを寄せ、しかめっ面になり、不服そうに俺を見た。


「い、いや。文句はないが……、お前一人で何が出来るんだ?」


「その点も踏まえて作戦会議が必要なので、キースさんも来てください」


 ルーナは小さな手で俺の手を掴み、引っ張る。その動作が、妹のメイに手を引かれているような感覚と似ており、俺は泣きそうになった。


 俺とルーナは研究室に来た。


 「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた札が扉に掛けられている。リーズ先生の研究はこの部屋で行われており、俺は一度も入った覚えがない。と言うか絶対に入るなと言われていた部屋だ。扉から禍々しい雰囲気をすでに感じる。


 ルーナは扉を数回叩く。その後、中からリーズ先生の声が聞こえ、彼女が扉の取っ手を握り、引く。俺達は開いた扉から部屋の中に入った。


 リーズ先生の研究室には薬品や試験管などが陳列されており何の研究をしているのか、俺にはさっぱりわからなかった。


「リーズさん、夜の病院はとても怖いですね。やっぱり一緒に来てもらえばよかったです」


 ルーナは後頭部に手を置き、苦笑いを浮かべる。


「はは、そうですよね。慣れていないと、結構怖いですよね」


 ルーナとリーズ先生は互いに仲がいいのか、普通に話していた。


 まぁ、リーズ先生は顔がやつれ、しっかりと寝てないのか目の下が黒い。今にも倒れそうなくらい体調が悪そうだ。俺もこんな風に見えていたのだろうか、休んでくださいと言いたい。


 ――いつも仕事を休めと言ってくるリーズ先生の方が倒れそうな状態なんて、色々追い詰められているんだな。まあ、娘を誘拐されているんだ、わからなくもない。


 俺とリーズ先生はアルミ製のパイプ椅子に座り、ルーナは移動式の黒板を壁際に持ってきた。チョークを使い、黒板に作戦会議と書く。


「えー、ではでは、テリア・ブレーブちゃんの救出作戦会議を始めたいと思います。よろしくお願いします」


 ルーナは一礼する。


「よろしくお願いします」×リーズ、キース。


 俺とリーズ先生も頭を下げた。


「今回、プルウィウス王国の敵兵に攫われたと思われる、テリア・ブレーブちゃんは年齢一三歳の少女です。今現在、ルークス王国で起こっている子攫いの八割が下町の子共たちで、少年少女は兵士として育てるために攫われています。この兼で騎士達が動くことは稀です。残りの二割が貴族の子息や有力な情報を持つ者の子共です。この場合は騎士がよく動きます。特に貴族の子息が誘拐された時は必ずと言っていいほど動きますね」


「なるほど。じゃあルーナ以外の他の騎士は貴族の子息を探しているのか?」


「はい。私は……女騎士なので作戦から除外されました。だから、テリアちゃんを探せます」


 ルーナは小さな手を握りしめながら視線を落とした。


 ――女騎士だからなんだと言うんだろうか。優秀なら男女なんて関係ないだろ。


「私がどれだけお願いしても、騎士団は動かなかった……。ルーナさんだけが私の最後の希望なんです。どうか、テリアを助け出してください。よろしくお願いします」


 リーズ先生は啜り泣き、頭を何度も下げる。涙に作戦会議中とか関係ないようだ。


「さ、最後の希望なんて言われると照れちゃいますね……。んんっ、えー。今、ルークス王国で二割の子攫いが頻発しています。主に大貴族の子息です。騎士達は貴族を優先しますから、私達に他の騎士達の増援は絶対にあり得ません」


 ルーナは絶対と言い切った。


「騎士の増援が無い……。つまり、味方の騎士はルーナだけということか?」


「はい。今現在、ルークス王国とプルウィウス王国は戦争状態にあります。多くの子攫いは皆プルウィウス王国の兵士と推測しても構わないでしょう。リーズさんの家に落ちていた手紙と同じような内容の置手紙が中央区の事件現場にも残されていました。ここまで来ると挑発と解釈してもいいですね」


「敵国は戦争に勝てる自信があるってことか?」


「その点がわからないんです。なぜ挑発するような真似をするのか。まぁ、お金や人質の優秀な親を自国に引き寄せることは可能でしょうけど、危険が大きすぎます」


 聖騎士のルーナでもわからないことが多いようだ。


「推測ですがテリアが攫われた理由は私が作っていた薬品に問題があると思います」


 リーズ先生は暗い表情で呟いた。今にも命が潰えてしまいそうなほど瞳が黒い。


「リーズ先生の作っていた薬品……。新薬のことですか?」


「そう……。私が作っていた新薬は多くの病に効果があると研究でわかった。ただ……、一歩間違えれば、殺傷能力の高い細菌兵器になりえる。万が一、製造方法が知られれば……、ルークス王国が終わりかねない」


「そ、そんな危険な薬品をこの病院で作っていたんですか?」


 俺は心の声が漏れた。


「下町であれば、細菌が最悪漏れたとしても最小限の被害で済む。そう判断したんだ」


「…………なるほど」


 俺は言葉が出なかった。まさか国を揺るがす薬をリーズ先生が作ってるなんて。想像すらしていなかった。


「でも、不幸中の幸い……細菌兵器の作り方は暗号にして私のネックレスの中に隠しておいた。そのネックレスが、この手にある」


 リーズ先生は胸もとからネックレスを取り出し、開閉式の装飾品を開けた。


「はっ! こ、これは!」


 リーズ先生は緊急事態の連続で自分の持っていたネックレスがテリアちゃんに渡す用のプレゼントだと忘れていたのか、僕が寝ている時に頬にキスしているテリアちゃんの写真がくっ付いていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 リーズ先生は事態の深刻さに気付いたのか、過呼吸になり蹲る。


「大丈夫ですか、リーズさん! いったん、ベッドで休んでください。もう、三日は寝ていませんよね。さすがに体が悲鳴を上げています」


 ルーナはリーズ先生を持ち上げようとするも非力なのか、全然持ち上がらない。


 俺はルーナの代わりに、リーズ先生をベッドに運んで寝かせた。


 その後、俺はルーナの前に置いてあるパイプ椅子に座り、腕を組む。


「はぁ……、二人だけの作戦会議とか、虚しいな」


「私一人で考えていたらただの、作戦構想じゃないですか。キースさんには話相手になってもらいます。リーズさんの研究結果は盗まれてすでに知られてしまっている可能性が高いです。つまりテリアちゃんの付けているネックレスに気づかれた時点で、ルークス王国が終わります。これは、一刻を争う救出作戦になりそうですね……」


 ルーナは黒板にチョークでテリアちゃんの居場所と書き、俺の方を向いた。


「そうだ、居場所。ルーナはテリアちゃんの居場所がわかっているのか?」


「予想は付いています。ルークス王国の北東にあるプルウィウス王国との戦地です」


「戦争地帯の敵国の基地が怪しいってことか……」


「はい。戦況はルークス王国が有利です。戦争契約に基づき、細菌兵器の仕様は認められていません。でも敵国が窮地に追い込まれれば、どういう判断を下すかわかりません」


「だな。大量の市民を見境なくぶっ殺す作戦が実行できるくらいだ。契約を破ってもおかしくない」


 俺は手の平に爪が食い込むくらい握り込む。


「敵兵の基地はわかっているだけでも前線に四カ所、後方に三カ所あります。他に隔離施設があると探すのに時間がかかりそうですが、人質を国の内部にまでわざわざ運んだりはしないはずです。取引が面倒になりますからね」


「時間の問題だと思うがな……。どちらにしろ、しらみつぶしに基地を探さないといけないってわけか?」


「いえ、貴族の子息を探す騎士が多く動きますから、彼らが戦闘と捜索を行うはずです。そのさい、テリアちゃんが見つかれば幸運ですが、騎士が下町に住んでいる少女を助けるとは思えません。着ている服だけで下町に住む子供だとわかりますから、銃弾の盾にされたり、囮として使われたりする可能性すらあります」


「おいおい……、騎士達は皆そんな野蛮な奴らの集まりなのかよ。信用を無くすぞ」


「もちろん、皆が非人道的な行動をとる者達ではありません。ただ、そう言う者達が多いと言うのは事実です。自身の身分を棚に上げ、多くの者を見下している。加えて女も」


 ルーナはまた悔しそうに俯き、歯を食いしばる。


「そう言う、ルーナはどうなんだよ。俺達を下に見ているのか? 俺は相手が中央区の人間なら男だろうが女だろうが、関係なく軽蔑するけどな」


「ほんと、死に急ぐのが好きな方ですね。私としては、人のためにありたいといつも思っていますよ。相手が中央区の者だろうが、下町の者だろうが関係ありません」


 ルーナの瞳に曇りは無く、真実を語っている者の顔だった。


 俺はルーナをひとまず認めて信用する。不穏な動きをしたら、もちろん切り捨てる。


「じゃあ俺とお前は考え方が違えども、人を位で選ばねえ者同士ってことでいいな」


「ええ、その解釈で構いません」


「はぁ……。んじゃあ、まず、俺達の問題と目的を明確にしよう。話はそれからだ」


「ですね。私たちの一番の問題は仲間が二人しかいないこと。リーズさんを戦場に連れてはいけません。敵が一番に狙っているのがリーズさんですからね」


「俺も仲間にちゃっかり入ってるんだな。俺は戦場で戦闘をした経験がないんだが」


「そこのところはおいおい考えます。今は戦力が一人でも多く必要です。少なくとも小隊が構成できる八名は欲しいですね。次に目的ですがテリアちゃんの救出一択です。はっきり言うとこれ以外の目的は排除してもいいでしょう」


「だな。その目的を達成するためには仲間を集め、テリアちゃんが拘束されている基地を見つけ出し、無事に救出する。今のところ救出隊の仲間は序列七位の聖騎士様とただの一般人のみ。あと六人は未定に加え、騎士の増援は無く、平民ときたもんだ」


「そうなります。厳しい戦いになると思いますが、安心してください。この私が味方なんですから、テリアちゃんを必ずや助け出してみせます」


 ルーナは無い胸に手を置き、凛々しい表情で言い切った。


 ――必ずと言い切れるほど肝の据わった奴だったとは……。御見それしたぜ。

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