第11話 後悔

 五月一四日。午後九時。


 俺はテリアちゃんが好きな金平糖を菓子屋で買ってリーズ先生の家を訪ねた。扉を叩き、名前を言っても、元気な声と優しい笑顔が素敵な少女が出てこない。


 扉の取っ手を持ち、引くと鍵が開いていた。


「テリアちゃん、ただいまー。え……?」


 家の中に入ると強盗が入ったのかと言うほど、玄関が荒らされており、血圧が一気に下がる。悪寒がして身震いした。その瞬間、俺は大声を出す。


「テリアちゃんっ!」


 靴を脱ぐのも忘れ、居間の扉を開けるとリーズ先生が床にへたり込み、泣きくずれている姿があった。


「な……。いったいどうなって……。て、テリアちゃんは……」


「テリアは……、攫われた……。私のせいだ……。く、うぐぅ……」


 リーズ先生は紙を持ち、蹲っている。いったい、何があったんだろうか。


 俺はリーズ先生が持っている紙を手に取り、文字を見てみるも、ルークス語ではなく別国の文字で書かれていた。


「その文字はプルウィウス語。つまり、プルウィウス王国の何者かにテリアは連れ去られた。どうやら自警団から私の身元が知られたらしい……。自警団は全滅させられたあげく、テリアと研究資料まで奪われた」


 リーズさんは掠れた声を何とか絞り出し、状況を説明する。


「くっ!」


 俺は策も無く、家の外に出ようとした。


「待つんだ、キース君。無暗に動いても、時間の無駄だからやめなさい……」


 リーズ先生は涙を流し、しわくちゃになった顔を浮かべながら立ち上がる。


「でも! まだ間に合うかもしれないじゃないですか! 今なら国境にいる騎士達に連絡を取って敵を止めてもらえるかもしれません!」


 俺は知能が低い狂犬の如く、頭脳明晰なリーズ先生に向って情けなく吠える。


「はなからそのつもりだ。加えて、私は中央区に行き、騎士団に直接お願いしてくる。敵を国から逃がさなければ、まだ助けられる可能性はあるんだ……。外に逃げられてしまってはもう……」


 リーズ先生は頭を振り、夜中にも拘わらず、家を飛び出していった。


「テリアちゃん……」


 俺はテリアちゃんが残した痕跡がないか家の中を見て回った。すると、フリフリのエッチなパンティーが落ちており興味本位で拾ってしまった。ひんやりとしている。


「これはテリアちゃんのパンツかな。冷たい……、脱ぎ捨てて間もないなら暖かいはず、って! こんなもん手にしている場合じゃない」


 俺は家の中をくまなく探したが、これと言った痕跡が見つけられなかった。銃弾の跡や血痕が無いので、撃ち合いがあったわけではない。扉などもこじ開けた形跡がないので玄関から侵入したのだろう。


「リーズ先生の研究成果を盗むのが目的とするとテリアちゃんは先生をおびき寄せるための人質として捉えられたと考えるのが妥当か。最悪、研究の資料が得られなかったとしても、敵国にテリアちゃんがいれば、先生は相手の言うことを聞くしかない。でも先生って敵国から狙われるほどすごい人なのか……」


 リーズ先生は自分のことをあまり話さないので、どんな研究をしているのか俺は知らない。でも敵国から狙われたと言うことはそれだけの理由があるはずだ。



 テリアちゃんが誘拐されてから七日があっという間に過ぎた。路地に捨てられたしわくちゃの記事に「誘拐事件が多発している」と書かれており、中央区でも大貴族の子息が誘拐されていると発表があった。


「国が揺らいでる……。いや、敵国に踊らされているとでも言うべきか」


 俺はテリアちゃんを助けに行きたかったが一個人ではどうすることも出来ない。打算的に仕事をこなし、リーズ先生が騎士達を動かしてくれるのを祈るしかなかった。


 工場で働いていてもテリアちゃんのことが気になり、身が入らない。


「はぁ……」


 俺はため息をつき、薬莢に入らなかった火薬を湿った布で拭きとる。


「浮かない顔だな」


 爺さんが、俺に話かけてきた。


「いや、ちょっと色々ありまして。どうしようか考えていても自分だけじゃどうも」


「何だ、馬鹿が頭を使おうとしとるんか。それじゃあどうしようもならんだろうて」


「ば、馬鹿って酷いですね……。まぁ、確かに馬鹿なんですけどね」


 テリアちゃんが誘拐された時刻は夜中だと考えられる。病院前は朝や昼間に人通りが多い。そう考えると俺が出て行った後に誘拐されたと仮定できる。

 つまり俺が一緒に寝てあげていれば、彼女が誘拐されずに済んだ可能性が高かった……。七日前の急患だって翌々考えれば敵の作戦だったと考えるのが妥当だ。


 ――でも、なんでリーズ先生本人を拉致しようとしなかったんだ。いや、例えリーズ先生を捕まえたとしても途中で死なれたら困る。そうさせないためのテリアちゃんか。相手の目的がリーズ先生の研究なら、テリアちゃんは簡単に殺されたりしない。今もどこかで生きているはずだ。必ず生きている。彼女は強い。きっと大丈夫だ。


 俺はテリアちゃんが無事だと自分に言い聞かせる。そうしないと、彼女を守れなかった不甲斐なさに押しつぶされそうだった。


「お前が何を考えているかは知らないが、頭がいい奴に考えさせたほうが物事は上手くいく。悩んでいるなら、お前の得意なことを生かせばいい。そう思わないか?」


「俺の得意なこと……。弾込め?」


「ふっ、お前はまだ半人前だ。あと二〇年修行してやっとってとこだろうな」


 爺さんは吹き出しながら笑い、薬莢の入り口に漏斗を入れ、一発分の火薬を注ぐ。加えて鉛玉を強く入れ込んだ。その間、二秒。あまりの早業に俺は目を疑った。


「二〇年は長いな……。薬莢に火薬を入れて鉛弾を込めるだけですよね?」


「簡単なことこそ極めるのが難しいもんだ。ま、一人で悩んでいても意味がない。果報は仕事していればやってくると言うだろ」


「そうなんですかね……」


 俺は新しい薬莢に火薬を入れる。


 ――あ、ちょっと入れ過ぎた。まあいいか。これくらいバレないだろ。


「馬鹿野郎! 火薬が五ミリグラム多すぎだ。細かいことに気を付けないから、半人前だと言うんだ。やり直せ」


 爺さんは目に計量器でもついているのかと言うほど正確に指摘してきた。


「は、はい……」


 俺はリーズ先生が戻ってくるまで仕事をして待っていた。うんうんうなりながら考えていても時間がもったいない。仕事が終わり、病院に向かった。


「きゃー! 強盗! 強盗よ! 誰かその男を捕まえて!」


 繁華街を通っていると下町で最も稼げる職業と言ってもいい強盗が現れた。


 被害者は風俗街で働く女だ。風俗嬢も下町で儲かる職業の一つ。加えて強盗に合う確率も高い。なんせ、お金を持っている嬢は非力で、銃を持っていたとしても肝が据わり強盗を撃てる者はあまりいない。だから、強盗が金持ちになる。毎日働いている俺よりもな。ほんと、世知辛い場所だ。


「たく……。嬢が店以外の場所で高級な品を持ち歩いてるんじゃねえよ」


 俺は強盗が入った裏路地に繋がる店の天井に鉄パイプを足場に上り、近道をして強盗の先回りをする。


 割れ欠けの家屋を踏むのは勇気がいるが、死んだら仕方ない。そう思って恐怖を殺し、ただただ突っ走る。靴裏でじゃりじゃりとした砂塵を踏みにじり、方向転換の最中で滑りそうになりながらも、壁から突き出ている鉄パイプや、テラスの格子を利用し、体の進む向きを無理やり変える。


「あれか……。ありゃ、強盗にあっても仕方ないな」


 屋根の上からみると汚い男の腕に抱かれている高級な鞄がよく見える。高級な鞄を持っているのに服装がボロボロの男はだいたい強盗だ。


 強盗を視覚で確認した俺は、強盗が通る裏道の側面に先回りした。気管支が狭いのか、ひゅうひゅうと言う苦しそうな呼吸を辺りに響かせながら全力で走る強盗が俺の真横を案の定、通ったので、もつれそうな男の足に、自分の足を引っ掻ける。


「うわっ!」


 強盗はキラキラと光る鞄を真上に放り投げた。完璧と言っていいくらいの放り投げ具合だ。


 強盗は転んだ勢いのまま、前に転がっていき、砂煙を上げる。運動機能が落ちていたのか、手を前に着くことも出来ず、頭から突っ込んでいた。首の骨が折れてないと良いが……。


 鞄は真上から俺の手もとに「大好きー」と叫びながら飛び込んでくるように落ちてきた。


 強盗を働いた男は二〇代後半、眼の下が黒いのと歯が黄色のから察するに、煙草と酒の中毒者。最悪の場合、覚せい剤もやっているだろう。ガラは悪い。


「この鞄は嬢に返す」


「てめっ! ふざけんじゃねえぞ! それは俺の金だ!」


 男はリボルバーをホルスターから引き抜き、俺に銃口を向け、構える。だが手先が痙攣し、銃口がブレブレ。俺はただ立っているだけでも当たらなそうだ。


「撃てよ。この鞄が欲しいんだろ。あと、しっかりと持って撃たないと反動で肩が外れるからな。一発目は特別に動かないでいてやる。丁度後方に誰もない。撃てよ」


「な、舐めるなよ、クソガキ!」


 強盗は引き金を引いた。持ち方が甘く、反動によって銃口が浮き、弾が変な方向に飛んで行った。加えて男の肩が外れたのか、地面に転がり、無性に痛がっている。


「はぁ……。だからしっかりと持てって言ったのに」


 俺は動き、地面に落ちているリボルバーを拾い、回転弾倉の掛けがねを動かして蹴子棒を押しながら弾を出す。弾を五発ポケットに入れ、空の薬莢は捨てる。そのあと、男の右肩を入れ直し、弾の入っていないリボルバーを返した。


「じゃあな。もう肝硬変で助からないと思うが、残りの人生は真っ当に生きろよ」


「う、うるせえ! こ、この野郎! 俺の金、返しやがれ!」


 強盗は弾が入っていないリボルバーの引き金を何度も引いていた。弾が出ていないのに同じ動作を繰り返すなんて、頭が相当壊れている。哀れで見ていられなかった。


 俺は強盗に合った嬢のもとに戻り、鞄を投げて返した。


「外を出歩く時は無駄に派手な恰好はやめておけ。強盗の格好の的だ」


「え、所持品が全部残ってる……。と、取り返してくれてありがとうございます!」


 嬢は頭を何度も下げてきた。無駄にデカい乳と胸もとが開いている薄手な服のせいで谷間がもろ見えだ。非常に眼福な訳だが、童貞の俺には刺激が強い……。


「じゃ、じゃあ。次からは気を付けろよな……」


「ちょっと待って、君、何歳」


「え……。一八歳だが……」


「え! バリバリ大人じゃん。お店に来てよ! お礼がしたいからさ!」


 胸がデカい女が俺の手を持ち、引っ張ってくる。抵抗しようにも腕がデカい胸に挟まれており柔らかすぎて動かせない。


 テリアちゃんが敵国に誘拐されていると言う状況で、俺は嬢に風俗店に誘拐された。

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