第10話 テリアちゃんの誕生日
リーズ先生が敵国の兵士を探すように自警団にお願いしてから早三カ月。何の情報も得られないまま時間が過ぎ、メイも目を覚ますことはなかった。
「えへへー。見てください、キースさん。お母さんの形見とそっくりなペンダント。お父さんが今日の朝くれたのー。すっごく可愛いでしょー」
五月一三日。今日はテリアちゃんの誕生日だ。リーズ先生とテリアちゃん、俺の三人で先生の家の居間で夜に誕生日会を行っている。
「へえ。楕円型のロケットペンダントか。開けて見てもいい?」
「はい、もちろんいいですよ」
俺はテリアちゃんの首から下げられているペンダントの開閉式の装飾品を開けて見る。すると小さな点の羅列があった。加えてリーズ先生とテリアちゃんに似た綺麗な大人の女性が映っている。
「あれ? お父さん。私、キースさんと一緒に映っている写真を入れてってお願いしたつもりなんだけど……」
テリアちゃんはリーズ先生の方を向き、呟いた。
「ん……、ああっ! す、すまない。それは母さんの形見の方だった。テリアにあげるのはこっちだ」
リーズ先生は自分の首にかけているペンダントを開け、中身を確かめる。どうやらテリアちゃんにあげる方の品を自身に着けていたらしい。二種類のペンダントは見かけがそっくりで、外見だけではわからない。取り違えても仕方がないだろう。
「もう、お父さん、しっかりしてよ。あれ、上手く取れない……」
テリアちゃんはペンダントを外そうとするも、癖っ気の髪と金具が絡まったのか、上手く取れないようだ。その時、玄関の扉が勢いよく叩かれた。
「リーズ先生! 急患です! 患者さんの状態が悪いので早く来てください!」
玄関の扉の奥から、看護師さんの声が聞こえる。
「わかった。すぐに向かう! テリア、そのペンダントはとても大切な物だ。お父さんが戻ってくるまで、しっかりと持っておくんだぞ」
リーズ先生は椅子に掛けていた白衣を羽織りながら、テリアちゃんに言う。
「う、うん。わかった」
テリアちゃんは小さく頷いた。
「キース君、私は今日中に帰ってこれないかもしれない。すまないが誕生日会は二人で行ってくれ」
「わ、わかりました」
リーズ先生は居間から玄関に駆けていき、扉を勢いよく開け、病院に向かった。
「はぁ……。お父さん、私の誕生日にも仕事に行っちゃった。ほんと、仕事人なんだから。でも、これで二人っきりですね、キースさん」
テリアちゃんは少々悲しそうにしつつ、逆に微笑みを浮かべながら俺の腕を掴んできた。微妙に膨らんだ胸を腕に押し付けられているような気がするのはなぜだろう。
「仕方がないから誕生日会を一緒にしよう。メイもいてくれたらよかったんだけど」
僕は露骨に落ち込む。メイが未だに目を覚まさないと言う事態が死を連想させた。
「だ、大丈夫ですよ。メイちゃんは強い子です。病気なんかに負けたりしません!」
メイが倒れてから半年以上経つとテリアちゃんはメイの様子が流石におかしいと気づいていた。
俺はテリアちゃんに隠し事をするのが悪いと思い、彼女に妹が原因不明の病に侵されていると教えた。すると彼女は数時間、俺に抱き着きながらひっきりなしに泣いた後、けろっと元気になり、いつも通り接してきた。ほんと強い子だなと感心する。
「キースさん、あーん」
テリアちゃんは自家製の誕生日ケーキを俺に食べさせてくる。
――彼女の誕生日だと言うのに、なぜ俺が甘やかされているのやら……。うっま。
俺はテリアちゃんの手作り料理を胃に入れた後、誕生日ケーキを食し、容易しておいた贈物を取り出す。
「テリアちゃん、誕生日おめでとう。君がいつも元気をくれるから俺は頑張れてる」
「う、うわーんっ! ありがとうございます! 一生大切にします!」
テリアちゃんは俺が渡した包装が施された箱を開け、中を見た。
「…………拳銃?」
テリアちゃんは苦笑いをしながら俺に謎の視線を送ってくる。
俺はテリアちゃんに拳銃をあげた。拳銃と言っても、全長一二センチメートルほどしかない小さなデリンジャーだ。撃てるのは一センチメートルほどの弾が二発のみ。実用ではなく護身用だ。射程距離は二から三メートルほどしかない。
――ま、何も持っていないよりはましだ。
「もう……、彼女の誕生日に拳銃を渡す彼氏ってどうなんですか……」
テリアちゃんは小さな拳銃を手に取り、物珍しく触る。
「今の時代、テリアちゃんの身に何があるかわからない。子供だとしても、サーカス団みたいな事件が起こったら巻き込まれる可能性だってある。だから、お守り替わりに持っておいてほしい。あと言っておくが、俺はテリアちゃんの彼氏じゃない」
「も、もう。キースさんは心配しすぎですよ。でも、私のことを考えて選んでくれたのはすごく嬉しいです!」
テリアちゃんは物凄く喜んでくれた。俺としてはもう少し可愛い物でも送った方がよかったのではないかと思ったが、彼女が嬉しがっているのを見てほっとした。
「じゃあ、撃ち方を教える。持っていても使い方がわからなかったら意味がない」
「はい。お願いします!」
俺はテリアちゃんの持っている小さい銃を受け取り、掛けがねを引き、銃身を持ち上げて弾を二発取り出す。安全に配慮したのち、銃身を戻し、彼女に持ってもらう。
その後テリアちゃんの背後に回り、抱き着くように両手を持った。
「き、キースさん……。何かのご褒美ですか……。ドキドキしちゃいます」
「違う。銃を撃つ練習だ。真剣にやらないと万が一使う時が来たら焦ってしまうよ」
「ご、ごめんなさい。キースさんに抱きしめられると嬉しくなっちゃって」
「ほんとブレないね……。その気持ちがあれば、弾の軌道もブレなそうだ」
「えへへー、私の持ち味ですから!」
俺はテリアちゃんの両手を持ちながら、前部照準器と後部照準器を瓶に合わせる。
「二つの照準器で標的に狙い合わせたら、あとは引き金を引く」
「引き金を引く」
テリアちゃんは引き金に人差し指をかけ、引いた。
「よし。じゃあ、一人でやってみて」
俺はテリアちゃんから離れる。
「はい!」
テリアちゃんはポケットに小さいデリンジャーを入れ、さっと引き出しながら安全装置を解除した。そのあと、標的に照準を合わせ、引き金を引く動作までを完璧に覚えた。
「あとは、弾を入れておくだけだ。出来るかな?」
俺は弾をテリアちゃんに渡す。すると、彼女はさっき俺が弾を抜く場面を見ていたのか、あっという間に弾を装填した。やはりリーズ先生の子だけあって賢い。
「どうでしたか?」
「凄くよくできていたよ。でも、滅多に拳銃は見せたらいけない。最悪、見つかりそうになったら拳銃は捨てて弾だけ隠し持っておくこと。銃があっても弾が無かったら撃てない。ま、逆もしかりだけどな」
「わかりました! さてと夜も深まってきましたし、一緒に洗いっこしましょ!」
「ちょ、洗いっこはもう卒業でしょ……」
「なにを言っているんですか。私はまだまだ卒業しませんよ!」
俺は最後まで抵抗したが、テリアちゃんが銃口を俺の額に突き付けながら脅迫してきたので、桶に溜めたお湯を布に沁み込ませて体を仕方なく拭き合った……。
――拳銃をこんなにすぐ使われるとは、さすがに思わなかったな。
体を拭き合ったあと、俺は夜勤の仕事をするために工場に向かおうとする。
「うぅ……、彼女の誕生日の夜に仕事に行く彼氏ってどうなんですか……」
テリアちゃんは俺に抱き着きながら呟く。
「だから、彼氏じゃないって……。じゃあ、仕事に行ってくるよ」
「キースさんが行ってきますのチュッチュを私にしてくれないと、私も行ってらっしゃいのチュッチュをキースさんにしてあげませんよ」
テリアちゃんは上目遣いで言う。愛らしさが爆発し、普通に萌え死ぬかと思った。
「何だよそれ……。たく……」
俺はテリアちゃんの額にキスをして「行ってきます」と呟いた。
「えへへー。お返しです。行ってらっしゃい、キースさん。帰ってきた時は今夜の埋め合わせをお願いしますね」
テリアちゃんは俺の頬にキスしたあと暗い夜でもはっきりとわかるほど明るく笑った。
活力が腹の底から漲ってくる。今夜も仕事を頑張れそうだ。
――心が廃れていても、元気を貰えるのだから、子供の力は計り知れないな。
「はは……、わかった。今度、添い寝くらいしてやる」
「うわーい、やった! あぁ、早く一五歳にならないかな。そうすればキースさんと結婚できるのに。結婚したら毎日一緒にいられますし、キスし放題じゃないですか」
テリアちゃんは俺に投げキッスをしてくる。ほんとませたガキンチョだ。
「今日、一三歳になったばかりなのに、もう、二年後の話をしているなんて……、その時までちゃんと生きてないと意味ないぞ」
「キースさんと結婚するまで死んでたまるもんですか。私にはお父さんの頭脳とお母さんの肝っ玉が備わっているんですよ! 簡単に死にません!」
テリアちゃんは胸をドンと叩き、力強い姿勢を見せる。
テリアちゃんのお母さんは彼女がお腹の中にいるとき、中央区で強盗殺人と遭遇した。腹部と胸を鉛玉で撃ち抜かれたものの、血を吐きながらリーズ先生のもとに戻り「子どもの方を助けて」とお願いしたのち、意識を失ったそうだ。
リーズ先生は両方助けるつもりだったが、母体と子供、どちらかしか助けられないとわかった時、子どもの方を助けた。
テリアちゃんのお母さんは権幕で強盗殺人の容疑者を振るえ上がらせ、逃亡させたたと言う逸話も残っている。やはり、どの時代でも母は強いんだなと思わされた。
「私は生きます! だから、キースさんも生きてください!」
テリアちゃんの元気過ぎる声が、夜中の下町に響き渡る。
「そうだな……。じゃあ、また今度な」
俺はテリアちゃんのお願いをはぐらかした。
「はい。行ってらっしゃい、キースさん!」
テリアちゃんの満面の笑みが俺に元気を再度与えてくれた。
「少し早めに戻って来ようか」なんて思っていたが、俺が彼女を見たのは……この時が最後だった。
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