第9話 一人の逃亡者が見つからない
デカ尻に頭を叩き潰されて二日目、俺はリーズ先生の診断を受けていた。
「うん……。やはり欠損は見受けられない。以前のはただの脳震盪だろう。にしても災難だったな。サーカス団を見に行ったら敵国の兵士に乱射されるなんて。よく生きていたものだ。聖騎士様が無理して助けてくれたそうじゃないか。運が良い奴め」
「…………はい」
ルーナはリーズ先生に真実を語っていなかった。理由はわからないが、俺が敵兵を足止めしていたという事実を隠していたようだ。
まぁ、騎士達が遅れたのは確かだし「下町の男が敵兵と戦っていた」という話が国に広まったら騎士達の評価が無駄に下がる。それを恐れた誰かからの命令か……。まぁ、デカ尻女の性格上、嘘をつくとは思えない。他の誰かが、嘘の説明をしたのだろう。つまり、俺が真実を語ったら、他の騎士を侮辱したとみなされる。
――真実を話せば暗殺されるだろうな。でも、騎士に殺されるのはしゃくだ。どうせ死ぬのなら、人を助けて死にたい。殺されるのはまっぴらごめんだ。
俺はリーズ先生に真実を話さず、墓場、又は死に場まで真実を持っていくと決めた。
「脳に欠損が無かったのなら、俺はもう退院してもいいんですね」
――仕事が早くしたい。金が欲しい。
「いや、あと四日は入院してもらう。こうでもしないとキース君は休まないからな」
「ちょ……、勘弁してくださいよ、リーズ先生……。昨日なんてテリアちゃんが愛のお注射します! なんて言ってデカい座薬を尻に入れてこようとしたんですよ。俺は熱じゃねえってのに」
「はは……。キース君はテリアに甘やかされていればいい。しっかりと休んで体調を整えなさい。メイちゃんと同じ部屋にしておいてあげるから」
「は、はい……」
俺は診察室の外で忠犬のようにおとなしく待っていたテリアちゃんに手を引かれ、メイのいる病室に連れていかれた。そのまま、ベッドに寝かされ、脈やら、熱やら、を測られ、お医者さんごっこをした。
「はーい、キースさん。体調の方は良いですかー。ん、お熱はありませんね」
テリアちゃんは俺の額におでこを当て、熱を測ってくる。顔がとんでもなく近い。
「はいはい……。体調は良いですよ……」
俺はテリアちゃんに相槌を打ち、眼を瞑って眠る。もう寝過ぎて逆に疲れた。メイの寝顔を見ることくらいしか、することがない。まあ、全く飽きないけどな。
「もう、キースさん。可愛い彼女の看護師姿を見て、何か言ってくれないんですか」
テリアちゃんは俺の顔を両手で挟み、視線を自身に向け、姿を見せてくる。
「だから、俺はテリアちゃんの彼氏になった覚えはない。でも可愛いよ、看護師姿」
「えへへー。もう、仕方ないですね。彼女の私がキースさんの汗まみれの体を隅から隅までしっかりと拭いてあげますね!」
テリアちゃんは下半身に向かい、ズボンを脱がそうとしてきた。
「え、遠慮しておくよ……」
俺は天使のように可愛らしいテリアちゃんに甘やかされ続け、本当に腑抜けになりそうだった。仕事をしない男はゴミ以下だと下町の女は言うのに、彼女は俺を腑抜けにしたがった。――ほんと勘弁してほしい。
デカ尻に潰されて七日が経ち、仕事にやっと復帰できた。その頃には騎士団や正月の雰囲気は抜け、以前と変わらない廃れた日常があった。サーカス団で無慈悲にも殺された者なんて俺と親族以外誰も覚えていないだろう。
俺は退院し、大通りを歩いていた。一月の外はあまりにも寒い。身が凍りそうだ。
「はぁ……。寒い。病院内は暖房が少しは効いていたんだな……」
俺はローブをしっかりと羽織り直し、仕事場に向かう。
「ねえねえー。お姉さん、すっごく可愛いね。ちょっといい話があるんだけど可愛い可愛いお姉さんにだけ、特別に教えてあげるから、一緒にお茶しようよー」
「え、えっと……。その……、今、忙しくて……」
「大丈夫、大丈夫、すぐに終わるからさ。すぐに儲かる良い仕事があるんだよ。ね、ねー。可愛くて美人なお姉さんにぴったりの仕事なんだよー」
「え、すぐに儲かるいい仕事……」
大通りの裏路地に差し掛かる位置に若い男と若い女がいた。誰が見てもカッコいいと言う若い男は赤みがかった色が特徴の綺麗に整えられた短髪をかきあげ、若い女の手を引く。服装は風俗街の呼子のような白っぽいタキシードを着ており、明らかにやばい仕事を押し付けてくる詐欺師だとわかった。
俺は二人のもとに移動し、男の腕を握る。
「その女を風俗店に売るつもりだろ。見え見えの詐欺なんかしてるんじゃねえよ」
「え……。し、失礼します!」
女は男の腕を振り払い、逃げ出した。
「はぁ……。何してくれてるんだよ。たく……商品が逃げちまったじゃねえか!」
男の甘い表情が豹変し、狂犬のように歪む。
「人を騙すような仕事なんかやめろよ。みっともない」
「何だ、お前。俺がどんな仕事をしようが勝手だろ。俺だってこんな小っちゃい仕事はしたくねえよ。あと俺は詐欺師じゃねえ!」
「人を騙していたら詐欺師と同じだろうが。そんな高そうな服を着て……、何人を騙して得た金で買ったんだよ」
「はぁ、どう考えても騙される方が悪いだろ。俺は知識が必要だと言う現実を、馬鹿どもに叩き着けて教えてやっただけだ。逆に感謝してほしいくらいだぜ」
詐欺師の男は俺の手を振り払い、明後日の方向に歩きだした。
「もう、人を騙すんじゃねえぞ。悪いことばかりをしていたら神からの罰があるからな。少しでもいいことをしないと碌な死に方をしないぞ」
詐欺師の男は俺の言葉に耳を傾ける気など一切なく、地面で寝ころんでいる物乞いの老人に唾を吐き、大通りの人込みに消えていく。
――あいつも何かあったんだろうな……。ま、下町で生きていたら、何も無い奴なんていないか。真っ当に生きるのが難しい時代だからな。だからか、あの貴族女が鼻に突くのは。
俺は聖騎士のルーナの無駄に明るい表情が脳裏に思い出され、いらついて物乞いの老人に銀貨一枚を投げつけてやった。
その後、仕事をして金を稼ぐ日々を送る。
サーカス団襲撃事件が起こった一月の間に襲撃者六名中、五名が捕まっていた。だが、二月の終わりに差し掛かっても残りの一名が捕まらなかった。
下町で発行されている記事では敵兵の全員が無事確保されたと報じされたが、リーズ先生が中央区の知り合いから聞いた話によると下町を探す行為に不満を持った騎士によって一月で調査が早々に切り上げられたと言うのが真実だそうだ。
下町で逃亡者の実際の顔を見た覚えがあるのは俺だけ。だからリーズ先生は俺に真実を話してきた。加えて敵兵の情報収集も兼ねているのだろう。
リーズ先生と俺は誰もいない診察室の中で会話を進めていた。
「リーズ先生、本当なんですか? まだ捕まっていない者が一人いるなんて」
「ああ、中央区にいる私の知人が言うことだ。信用してもいい。捕まった五名の写真が送られてきた。残りの一人がどんな男だったか、部分的な特徴でもいいから教えてほしい」
リーズ先生は茶封筒から白黒の写真を取り出し、俺に見せた。
「こいつらは……、上官の部下だ……。つまり、のこっているのは上官だけです」
「そうか。上官の特徴は覚えているかい?」
「えっと……、服装はどこの国かわからないですけど、黒と緑色っぽい軍服で防弾チョッキといくつもの弾倉が入れられる革製の入れ物を身に着けていました。武器はサブマシンガン。顔は三○代後半で堀が深かった。身長は一八○センチメートル前後、筋骨隆々の体。ヘルメットをかぶっていた。後ろ髪が無かったから短髪、眉が焦げ茶っぽかった」
「ほんと記憶力がいいな。もう、一ヶ月前なのに少し見ただけでここまで……」
――まぁ、滅茶苦茶撃たれたからな……。馬鹿な俺でもさすがに覚えている。
「でも、こんな情報を知ってどうする気ですか?」
「自警団に相談する。騎士達を撒けるほど優秀な敵兵を下町で泳がせておけない。敵の狙いが何もわかっていないんだ。そんな危険人物を捕まえない訳にはいかないよ」
「まぁ……。確かにそうですけど、下町の自警団なんて半ぐれの集まりですよね。信用できるんですか?」
「期待はできないが、金を出せば動いてくれる。何もしないよりはマシだろう。大事になる前に捕まえるか始末しないと……王国が危険だ」
「さ、さすがに考えすぎですよ。たった一人の男に何が出来るって言うんですか」
「この下町や中央区に敵国の仲間が他にいたとしたらどうする? 六名もの武装した敵兵が入り込める場所だぞ。他に仲間がいると考えた方が自然だ」
「なるほど……、でも、他国から密入国してくる者も大勢いますよ。その中に敵が紛れ込んでいたらどうしようもないと思いますけどね……」
「そうだな。だが、無駄だったとしても行う。するとしないでは何もかもが違うからな。今日来てもらったのはこの話がしたかったからだ。時間を取らせて悪かったな」
リーズ先生は椅子から立ち上がり、情報を記録した紙を持ち、診察室を出た。
「人探しか。俺一人じゃどうしようもないな。下町の人間は数だけは多いからな」
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