第8話 聖騎士様

「だ、誰がデカケツですか! って! いきなり頭を持ち上げるのは危険ですから、頭を低くしてすぐに寝てください」


 金髪の女は俺の肩を持ち、ベッドに優しく押し倒す。それに従って俺は倒れた。


「お前は……、今朝、病院に運ばれてきた女だよな? 結構重症だと思ったんだが、何でぴんぴんしているんだ?」


「見られていたんですか。はは、お恥ずかしい……。まあ、私の体に鉛弾を一発撃ち込んだくらいで死ぬわけがありません。胸に撃ち込まれましたが当たり前のように一命をとりとめました!」


 女は入院着の襟もとを持ち、がばっと広げる。すると、見事ぺったこな胸が現れた。さらしのように巻かれている包帯により、乳房は全く見えないが、もとから無いので厭らしさは全く感じない。なんなら、ものすごく可愛い男の可能性すらある。


「お前……、女じゃなくて男だったのか? あ……、ちょまっ、ごはっつ!」


 俺は女から鉄拳を食らい、病院の扉を吹き飛ばしながら反対側の病室に侵入した。


 「ああ、死んだ……」と思ったが残念ながら意識があり、鼻血だけの軽傷だった。


「わ、私は正真照明女です! 私を男と間違えるなんてあなたは馬鹿なんですか!」


 女は甲高い声で吠えた。どうやら聖騎士は胸に傷を負いながら男を殴り飛ばせるらしい。


「その細腕から生み出される拳の威力が女じゃねえ気がするけどな……」


 俺はふら付きながら立ち上がり、ベッドの上に戻る。そのまま寝ころんだ。


「はぁ。私も怪我人なんですから、血圧を無駄に上げるような発言はしないでください。私を怒らせる下町の者なんて滅多にいませんよ」


 女は服装を正し、パイプ椅子に深く座った。仕草だけでも花が舞うような品がある。


「怪我人なら、何でサーカス団の天幕から降ってきたんだよ。いったいどういう原理だ? お前は空でも飛べるのか?」


「繁華街で銃の乱射事件が起こったと病院内でも噂になり、私は急いでサーカス団に駆けつけました。その時、中で誰かが先に交戦中だったので敵の不意を突こうと考え、天幕に上ったんです」


「それで……?」


「天幕に多くの弾痕があり、私の体重でギリギリ破れない状態だったんですけど、最後に放たれた一発の鉛弾が私のすぐ近くを通った瞬間、天幕がこと切れたように割けてしまったんです。そのせいで落っこちてしまいました。にしても驚きましたよ。一般人の方が六名の武装した敵兵を足止めしていたんですから!」


 女は黄色い瞳を輝かせ、両手で握り拳を作り、俺を見つめる。


「降ってきたお前の方が驚くのはおかしいだろ……。なんなら俺の方が驚いてる。わけわからないガラスドームが敵兵の周りにいきなり現れた。そのせいで敵兵を手榴弾で纏めて始末できるところだったのに、無傷で取り逃がしちまったじゃねえか」


「ガラスドーム? えっと、あなたが見た透明な半球体は『障壁(バリア)』と言う魔法です。あと市街地まで潜り込んだ敵をただ殺すなんてとんでもない。情報を徹底的に吐かせてから国の裁判所に任せるべきです。現在、五名の身柄を確保したと情報が入っています。ただ、あと一名が未だに逃亡中です」


 女は歯を食いしばりながら眉間にしわを寄せ、握り拳を硬くする。


「そうかよ……。よく思い出したら、お前も騎士だったな。鎧を着てやがったし」


「その通り! 私はルークス王国が誇る最強の騎士団。聖騎士団第七席、ルーナ・チス・セレモンティ。こう見えても一八歳です。どうぞお見知りおきを」


 女はたのんでもないのに勝手に自己紹介をした。無い胸に手を置き、軽く会釈してくる。するとふわっと香るのは花のにおい? それか女特有のにおいとでも言うのか、どちらにしろ、やけに良い匂いがした。


「中央区のお貴族様が下町暮らしの俺に頭を下げるなよ、気持ち悪い……」


「む……。自己紹介をされたら、自己紹介を返すのが、礼儀ですよ。下町とか中央区とか関係ありません。さ、あなたも自己紹介してください」


 ルーナは小さな両手を広げ、俺に自己紹介をしろと話しを振ってくる。


「はぁ……。キースだ。名前だけで充分だろ。どうせすぐに他人に戻る」


 俺は右手を少し上げて名前を言った。


「キースさんですか。なかなか面白い人ですね。気に入りました!」


 ルーナは目を見開き、結構大きめの声で話した。耳障りのはずが心地よく聞けてしまう。


「勝手に気に入るな。迷惑だ。平民の俺に敬語とか、お前は本当に貴族なのか?」


「もちろんです! 私は大貴族、セレモンティ家の長女ですよ。敬語は淑女の嗜み。相手がだれであれ、敬意をもって接するのが私の意思ですから。キースさんは気にしないでください」


 ルーナと名乗る女は気品から貴族っぽさを感じるものの、喋りからは皆無だった。

 加えて、一八歳という年齢も疑問を抱く。見かけが一八歳よりももっと低い年齢に思えるからだ。

 顔は物凄く美人の部類に入るだろうが、全体の色気がゼロ。

 子供っぽい顔立ちにぺったんこな胸、まぁ、ケツはデカかったな……。だが、尻がデカいだけでは女の色気は出ない。なんせ、入院着を羽織り、座っていても子供にしか見えないのだ。身長はさっき立っていた姿を見たが、一五○センチメートルあればいい方。


 今朝、顔だけしか見えなかったから惚れかけたが、全体像を見たらこの通り、下半身の反応は無し。俺の守備範囲外だったようだ。


「気にするなと言われたら、本当に気にしないがいいんだな? 後から殺すとか無しだぞ」


 俺は先ほどの騎士に言われた言葉を鵜呑みにしてルーナに聞く。


「そんな酷いことはしませんよ。あと、私はお礼を言うためにキースさんの目覚めを待っていたんです。敵兵の六名を引き付けていただき、ありがとうございました。キースさんがいなければ被害がさらに拡大していたと思われます」


 ルーナは椅子から立ち上がり、頭を深々と下げた。


「お礼? そんな礼儀を言われる筋合いはない。逆にお前のデカいケツで踏みつぶされて死ねると思ったが、死ねなかった。それが残念でならない……」


「わ、私のおしりは大きくありません。ちょっと安産型なだけです……。あと、死ねなかったとはどういう意味ですか?」


「そのまんまの意味だ。俺は死にたかった……。だが、どんなことをしても死に損なっちまう。今回だってそうだ。あいつらなら俺を殺してくれると思ったが、聖騎士様が邪魔しやがった……」


 俺はルーナを指差し、皮肉るように呟く。


「訳がわかりません。キースさんはなぜ死にたがってるのですか?」


「なぜ? そうだな……、妹が死にそうなんだ。だから、俺が先に死ねば、妹の寿命がもしかしたら延びるかもしれないだろ。あと俺が死ねば、懸けた保険金が大量に下りる。俺は超健康体らしくてな。病気で死ぬ可能性はほぼ無いらしい……」


「お金欲しさに命を懸けて戦うとか馬鹿なんですか? 自殺行為はやめてください」


 ルーナは真剣な表情で俺に説教してきた。こいつもこいつで馬鹿なのか。


「俺に説教しても意味ねえよ。俺は馬鹿だからな。お前が言った発言も忘れちまう。あと俺は仕事に行かなきゃならねえんだ。もう昼すぎか、時間をだいぶ食ったな」


 俺は聖騎士の話しをまともに聞く気が無かった。仕事に行って金を稼がないといけないからだ。寝ているなんてもってのほか。時間がもったいなくて仕方がない。


「ちょっと待ってください。まだ、頭への損傷があるかもしれません。移動するのは危険です。せめて七日は安静にしていないと」


「そんなに休んでいられるか。保険金が無駄に高いんだ。毎月金貨二〇枚を納めないといけねえんだよ」


「金貨二〇枚……、案外安いですね」


 女は目を丸くして呟いた。間抜けずらを殴ってやりたいが、俺は女に手が出せない。


 ――舐めたことを言いやがって。これだから貴族ってのは。


「下町で金貨二〇を稼ぐのがどれだけ大変か知らねえのか? 一日、朝から夜遅くまで働いて金貨一枚稼げるかどうかってくらいだ。食費に住宅費、無駄に高い税金を払ってでも、俺はどうにかこうにか生活を回してんだよ」


 視界の先に血が洗われ、乾燥している俺のボロイ長袖シャツと黒いズボン、深緑のローブが壁際にハンガーで掛けられていた。俺は入院着を脱ぎ、すぐに着替える。最後に靴を履いた。


「あの……、キースさんの保険金、私が払いましょうか? 金貨二○枚ならすぐに渡せますし、今月は休んでもいいんじゃないでしょうか?」


「は? 舐めてるのか。同情ならいらねえ。俺一人でどうにかす……、る……」


 俺は怒りのせいで血が頭に上ったのか、足下がふらつき、病院の壁に背を向けて床に座り込んでしまった。あまりにも間抜けな動きに、自分で笑いそうになる。


「ほら! やっぱり頭に何か損傷があるんですよ。ちゃんと療養しないと、下半身不随になるかもしれません。働くためにも、今は療養してください」


 ルーナは俺のもとに走り、肩を貸してきた。そのまま靴を脱がせ、俺をベッドに寝かせる。


「ちっ……。なんでこんなことに……」


「私が中央区に帰れると思い、浮かれていたのが原因です。そのせいで跳弾を受けて無駄な体力と魔力を消費してしまいました。私が万全の状態であれば、キースさんが足止めするまでもなく拘束できていたはずです。大変申し訳ございません」


 ルーナは頭をまたしても下げた。本当に気持ち悪い奴だ。下町暮らしの俺に頭を三度も下げる大貴族がどこにいる。


「はぁ……。俺はこう見えて皆勤賞だったんだ。これじゃあ無断欠勤だぞ……」


「素行が悪いのに、無駄に律儀なんですね」


「うるせえ……。今月と言わず来月分も保険金を払ってもらおうか」


「はは……。わかりました! 私が払いましょう! いちち……」


 ルーナは無い胸をドンと叩き、大きな声をあげた。小さな体からいったいどうやって出しているのかわからないくらい大きな声だった。ただ、自分の胸にも穴が開いているというのに叩いたせいで痛みがぶり返したそうだ。やはり馬鹿か。


 その後、ルーナは金貨四○枚を保険会社に本当に支払った。嘘だと思ったが約束はしっかりと守るやつのようだ。これで、少し余裕が出来る。なんて甘い考えは俺に無い。


 俺は「今働けば金をもっと稼げるじゃないか」と言う思考の持ち主だ。

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