第5話 貴族

 メイが意識を失って四ヶ月が経った。死んでいないが目を覚ます気配もない。


 俺は病院の帰り路、道路で倒れている男性を見つけた。


「危ない!」


 俺は馬車に引かれそうになっていた男性を助ける。今回も死に損なった。


「くっ! なにしてるんだ! 馬鹿野郎!」


 俺は男性集団から性被害にあっている女性を助けた。集団から多くの抵抗を受けたが返り討ちにする。だが、今回も死に損なった。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ま、間に合った……」


 俺は総合住宅の窓から落ちそうになっていた赤ん坊を助けた。こんな赤子が死ぬところなんて見たくない。五階建てのテラスから飛び出して片手で柵を掴み、赤子の首根っこのベビー服を持って何とか助けられた。でも、今回も死に損なった。


「ありがとうございました! ありがとうございました!」


「ひっぐ、ひっぐ、ありがとうございます……」


「本当に、何とお礼を言ったらいいか。ありがとうございます!」


 助けた人は皆、俺にお礼を言ってきた。別にお礼が言われたいから助けている訳じゃない。死んでもいいから、助けているだけだ。


 メイが死んだら俺がこの世に生きている理由なんて無い。だから、無茶な行動が取れる。それだけの話だ。


 建国歴九九九年一二月三一日、午後一一時。


 吐く息が白くなるほど寒い深夜の工場内に俺と爺さん、工場長、金髪のチンピラに連れられていた二人の男は年末など関係なくせっせと仕事をしていた。


 二人の男は懐の広い工場長が割安で働かせている。俺が男達のアキレス腱を切ったせいで仕事が出来なくなり、泣きつかれたから仕方なく働かせてやっているらしい。


「はぁ、あと一時間で年が明ける。にしても寒すぎるな……。手が悴んで仕事に集中できない。工場長、薪ストーブにもっと薪を入れてくださいよ。何なら、石油ストーブにしましょうよ。石炭でもいいですから」


 俺はがくがくぶるぶると震えながら薪をけちっている工場長に話かける。


「馬鹿野郎、薪も無料じゃねえんだ。簡単に使える品じゃね。石油なんて高すぎて買えるわけねえだろ。石炭も無理だ。今年の冬も薪で我慢しろ」


 弾が肺に貫通して一度死にかけた工場長は薪を一本持ち、ストーブに放り投げる。


 ――たった一本で何が変わるんだ。工場内の明りがほんのばかし強まるだけだろ。


「ほんと、何で俺達がこんな目に会わないといけないんすか。貴族にも工場で働いてほしいっすよ。俺達の辛さをわかってほしいっす!」


「そうだそうだ! 中央区でいい飯食って暖かい部屋でぬくぬくしている貴族にも働かせろ! どうせろくな仕事すらしてねえんだろ、くそったれ!」


 二人の男が貴族に文句を言いながら、薬莢に火薬と弾を詰めている。


「この下手くそが! 喋ってるから手もとが狂うんだ! もっとこうしてだな」


 爺さんは二人の男の頭を殴り、熱血指導をする。若い者が入ってくると熱が入るのは爺さんの性格上仕方ない。男達もその熱意に押され、悪事から足を洗っていた。


「はぁ……、貴族の生活、送ってみたいな、なんて思ったことありません?」


 俺は皆に聞いてみた。妹が俺によく聞いてきた質問だ。


「あるに決まってるだろ、平民、皆思っていることだろうが。貴族に生まれてたらな、なんて何度想像したかわからねえよ」


 工場長は鉛弾が入った木箱を俺のすぐ隣にどさっと置いてきた。


 ――さすがに多すぎだろ。一人でさばける量じゃねえぞ、このサボり魔……。


「でも、俺、実際の貴族が生活しているところを見た覚えがないっす。どんな風に生活しているんすかね?」


「そりゃあ、毎日豪遊して悠々自適な毎日を送っているんだろうよ。知らねえけど」


 二人の男も貴族に憧れていたようだ。


 ――確かに俺も、貴族がどんな生活をしているのか知らないな。


「貴族だって暇じゃねえんだ。いい生活をしているかもしれないが、敵が攻めてきたら自ら率先して戦いに行く役目を持っている。この国が来年で建国一〇○○年なのは聖騎士団様のおかげなんだよ。最近の若いもんはそんなことも知らんのか、全く」


 爺さんはリボルバーの持ち手で二人の男の頭を叩く。


「そ、それぐらい知ってるっすよ! と言うか、もう殴りすぎっす、頭割れるっす」


「聖騎士団って一二人の精鋭で構成されている組織だろ。よく知らんが強いのか?」


 男は頭を押さえながら爺さんに聞いた。


「当たり前だ。わしが戦場におった時、どこからともなく現れて敵兵をばったばったとなぎ倒し、銃弾の雨も顧みず、敵軍を蹴散らしておった。正しく聖騎士という名にふさわしい方じゃったよ」


 爺さんは腕を組み、うんうんと頷きながら誇らしげに語った。


「はっ、何年前の記憶だよ……」


「キース、なんか言ったか?」


 俺の口から漏れた呟きに反応し、爺さんの鋭い眼光がぎろりと向けられる。


「いえ、なんも言ってませんよ」


 俺達の住んでいる王国。ルークス王国は世界の四分の一を占める大国だ。周りに多くの諸外国があり、鉛弾が日夜飛び交っている。多くの国がルークス王国近辺の資源欲しさに戦争を挑んできては、騎士団に返り討ちに会うと言うのがおちだがな。


 だが、最近、弾の集荷数が増えている。

 どうも戦いが激化しているらしい。俺達の住んでいる下町は貴族たちがすむ中央区から最も近い位置に偏しており、中央区の次に安全な場所だ。と言っても劣悪な環境なのは変わらない。鉛弾の雨が降るか降らないかの違いだ。でも国境付近に住んでいる者は流石にいない。ほぼ鉱山資源や発掘現場があるだけだ。


 最近じゃ、資源が取りにくくなってきたという噂もある。そんな噂が流れているから「国力が落ちたんじゃないか」と勘違いした諸外国に攻撃を受けるんだ。


 国境を守っているのは騎士だ。貴族の端くれとでもいうやつら。貴族の三男とか、四男は対外騎士になり、国を守る役目に着くらしい。


「爺さん、貴族って魔法が本当に使えるのか?」


 俺は疑問に思っていたことを爺さんに聞いた。


「使えるぞ。わしが見たのは人知を越えた力だった。貴族様とあがめる者がいるのもわかるくらいにな。なんせ鉛弾を弾いちまうくらい硬い障壁を張ることができる」


「鉛弾を弾くとか、銃火器じゃ太刀打ちできねえじゃねえか。周りの国もビビるだろうな」


「銃が利かないって、もう人じゃないっす。どうやって倒すんすか?」


 二人の男も興味を持ったのか、爺さんに質問する。


「魔法が使えると言っても、体の構造はわしらとほぼ変わらん。魔法の源を魔力と言ってな。その魔力が無くなると、ただの人間になるんだ。その時に頭をうちゃ、貴族も死ぬ。魔力が多ければ多いほど強い。まあ、使い方しだいとも言っておったな」


「じゃあ、聖騎士団に所属している一二人の貴族は相当な量の魔力を持っているってことか?」


 俺は爺さんに聞いてみる。


「そうじゃな。まあ、最近の聖騎士達を見た覚えがないからわからんが、わしが見た覚えがある者は剣に魔力を纏わせ、辺り一面を切り裂いたり、地面を割ったりしておった。また、ある者は鉛弾よりも貫通力がある魔弾を放ち、敵兵を蹂躙しとったよ」


「考えれば考えるだけ、わけわからねえ奴らだな。でも、そんな奴らがいねえと、国を一〇○○年も続けられねえか……」


「たくお前ら! 口じゃなく手を動かせと言ってるだろうが!」


 工場長の活が飛び、話しに夢中になっていた俺達は仕事を再開する。



 建国歴一〇〇〇年、一月一日の午前二時。俺は仕事から解放され、つかの間の休息をとる。外で寝たら寒すぎて死んでしまうので病院の一室に向った。もちろんメイが寝ている部屋だ。寒いが外よりはましなので妹の手を握りながら眠りにつく。


 元旦になり、外が明るくなっていた。加えて病院内がやけに騒がしい。ひび割れた床の上を硬い靴で走っているのか、一階の方から耳障りな歩行音が響く。


「何だ……。急病人でも現れたのか……」


 俺はメイが寝ている病室から出て一階に向った。

 すると長い二本の棒に毛布を撒き、即席の担架が通った。乗っていたのは長い金髪、天使かと思うくらい綺麗な顔の女だった。

 服装は銀色の鎧を着ており、だらんと垂れている手から血が滴っている状態だった。


 俺は女の騎士を産まれて初めて見た。だから目が離せなかったのか、はたまた綺麗すぎて目が離せなかったのか、わからないが、周りがとんでもなく騒がしい状況から察して位が高い騎士なのだろう。

 貴族なのは間違いない。


 周りの話しを盗み聞きするのは悪いと思ったが、気になったので許してほしい。


「まさか、中央区に戻る前に撃たれるとはな……。これだから、下町のごみ共は嫌いなんだ。聖騎士を撃つとかどんな奴だ。まだ捕まってないんだろ?」


「ああ。探しているらしいが……、敵兵って話だ。諜報員(スパイ)が国に潜り込んでいるらしい」


「はっ、何人も敵兵を生かしてきた付けが回ってきたのか。聖騎士でも当たり所が悪けりゃ、あのまま死ぬな。ざまあねえぜ。男よりも強い女の騎士がいてたまるかってんだ」


「おいおい、そんなこというなよ。お前だって何度も助けられてるくせによ」


「助けてほしくて助けられたんじゃねえよ。あの正義感が無駄に強い、お飾りの姫が勝手に助けにきただけだ」


「ま、そんなこともあるな。でもよ、このまま死んだら、上層部の方は喜ぶんだろうな」


「当たり前だろ。女の騎士なんていてたまるか。才能があろうがなかろうが、女が騎士になるなんて上層部は誰も認めねえよ」


 病院の中で立っている男達が先ほどの女騎士の話をしていた。どうやらあの女は聖騎士団の一人らしい。そんな大物が運ばれてくるなんて異例中の異例だ。容体が相当悪いんだろうな。


 執刀医はもちろんリーズ先生だ。なんせ、この病院には医者がリーズ先生しかいないからな。


 周りの騎士達はリーズ先生に失敗してほしいと思っているのだろう。だが、リーズ先生を舐めてもらったら困る。この下町から実力で中央区に入れた男なのだ。工場長の傷だって普通なら死んでいたはず。でも、リーズ先生がいたから助かった。そう言っても過言じゃないほど、すごい人なのだ。


 ――はぁ、あの聖騎士様も運がいいな。リーズ先生がいるこの病院に連れて来られるなんてよ。他の病院なら死んでいただろうな。


 俺は聖騎士とか、聖騎士とかどうでもいい。なんせ、俺には全く関係のない話だからだ。女騎士に死んでほしいとか思っている男騎士の前を堂々と歩いて外に向かう。

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