第3話 チンピラ

 午後七時五五分。俺が働いている下町の工場に到着した。


「遅いぞ! キース! 一〇分前行動だといつも言っているだろ!」


 筋骨隆々で作業着姿の工場長が俺に大声で怒鳴り散らかす。そのせいで、かよわい俺の鼓膜が破れそうになり、耳鳴りがキーンっとする。


「すみません……」


 俺は適当に謝り、照明が薄暗い工場の中に入っていく。「白熱電球くらい新しい品を買えよ」と思ったが口には出さない。「ならお前が買え」と言われるからだ。


 俺が働いている工場で主に作っている品は弾丸だ。

 ベルトコンベヤーから流れてくる何発もの鉛玉を木箱に入れ、黄銅色に輝く薬莢に雷管を付け火薬と鉛玉を詰め込んでいく。


 この小さな弾丸一発で人が死ぬと思うと軽い命だなとしみじみ思う。


 夜勤の仕事をしているのは俺と熟練の爺さん、工場長の三人だけ。朝と昼はもっと多いが皆、家庭があるそうで、夜は子供達の世話をしなければいけないそうだ。


「キース。弾の入れ方が甘い! これじゃあ、火薬が漏れるだろ。銃が暴発する恐れがある。一発一発本気で作らんか」


 この道、五〇年の爺さんが、俺が作った弾丸を持ちながら、怒鳴ってきた。


 ――夜勤なんだから声量を下げてくれよ。こっちは寝不足なんだ。


「す、すみません。ちょっと集中できてなくて……」


「たく……。最近の若者は……。少し寝てなさい。あとはわしがやる」


 爺さんは俺の体を肩で押し、椅子を奪い、残りの作業を肩代わりしてくれた。


「すみません……」


 俺は仮眠室で一時間ほど眠った。部屋の中はろくに掃除もしていないのか埃っぽいうえに葉巻の臭いがきつい。体中が煙臭くなりそうだ。でも、そんなことどうでもよかった。


 起きかけていた時、来る途中に聞いたような銃声が二回鳴った。今回はとても近い。何なら、すぐ近くだ。


 俺は上半身を起こし、仮眠室の扉を小指の第一関節くらい開ける。眼を細めて工場の中を覗くと薄暗い照明でもわかる金髪の男がいた。


「おい! 爺! 九ミリの弾をありったけ持ってこい。じゃないと、おっさんみたく心臓を撃つ」


 金髪の男の手に銃口から白い煙が出ているリボルバーが握られていた。先ほどの銃声はあの男が鳴らしたらしい。


 工場長は床に倒れ込んでおり、胸から血を流していた。爺さんは右手を押さえており、床に爺さんが持っていた古いリボルバーが転がっていた。


「チンピラが……、何しに来た」


「あ? 弾を押収に来たに決まってるだろ。最近じゃ、弾の値段が高けえしよ。ほんと世知枯れよな。貴族様はのうのうと生きやがってよ~。眉間に鉛弾を当ててやりて~」


 金髪のチンピラは仲間の二人を爺さんに近づけさせ、拘束した。


「弾のありかを吐かせろ」


「了解です」


 ――工場長と爺さんがチンピラに捕まった。どうする。逃げるか。でも、この仕事は給料がいいんだよな。でも、メイが死んだら俺が働く理由が無いんだよな。


 俺は弾のありかを知っている。

 銃は持っていないが、シャッターでも落としておけば時間稼ぎくらいにはなるか。そう考え、仮眠室の小さな窓を開けて外に出た。もう外は真っ暗だ。景色はほぼ見えないが、工場の建物から少しだけ漏れている光で周りの物の位置を把握しながら移動はできる。

 弾を補完している倉庫に移動し、シャッターを閉めた。錆びた金属同士が擦れると耳障りでうるさい音が敷地内に響く。きっとチンピラたちにも聞こえただろう。異変に気づき、外に出てくるはずだ。


「今、こっちで音がしたな……。まだ仲間でもいたのか」


 金髪のチンピラがカンデラを使い、辺りを照らした。そのおかげで敵の位置が丸わかりだ。


 「狙撃小銃(スナイパーライフル)でも持っていたら眉間を打ち抜けるのに……」と考えても意味はない。この工場ではライフル弾の製造が中止させれているからだ。


「ライフルがあっても弾が無かったら、ライフルを持っている意味がないな……」


 俺はカンデラと爺さんを確保している二人が倉庫に近づいてきたのを確認した後、工場の裏口から内部に侵入した。まず、工場長の様態を知りたかったのだ。


「おい、工場長、生きてるか?」


「う、うぅ……」


 工場長の状態を見るに、弾は心臓をそれ、肺を貫通していた。出血量が心配だったが、弾が体を貫通していたのは幸いだ。

 内部で骨に当たって弾が破裂していたら確実に死んでいただろう。背後にでっかい大穴を開けてな。


 俺は胸もとに開いた穴を汚いタオルで塞ぎ、着ていた長袖を脱いで襷のように細長くして包帯代わりに使い、傷口を圧迫する。


「あんたが死んだら誰が賃金を払うんだよ。勝手に死ぬんじゃねえぞ……」


 俺は工場長を引きずって壁際に寄せておく。

 工場長が使っていた九ミリ口径の拳銃(ピストル)を左手で取る。安全器を動かして遊底(スライド)を右手で引き、薬莢が詰まっていないか確認した。弾はすでに込められている。弾倉止めを押し、弾倉(マガジン)の中身を調べると弾が二発しか入っていなかった。


 ――護身用とはいえ、弾をけちりすぎだろ……。一〇発くらいいれておけよ、貧乏性の馬鹿が。はぁ、工場長、弾がもったいなくて撃てなかったんだろうな。そのせいで死にかけてるとか笑えねえぜ。


「全部で三発か。まぁ、三発も入っていれば十分だな、爺さんのリボルバーも予備に持っておくか」


 俺は床に転がっていた古い型のリボルバーを腰とズボンの間に挟む。いったい何年前の銃かわからなかったが、使い方は現代の銃とさほど変わらない。


「さてと、爺さんは生きてるかな……」


 俺は木箱を縛る鉄製のワイヤーと薪を作るための刃渡り三〇センチメートルほどある鉈を持っていく。出来れば殺したくない。殺人は処罰の対象に一応なる。


 ――まぁ、人を殺しても兵士たちの鬱憤発散に付き合うくらいで釈放されると思うが、俺にそんな暇な時間はない。まあ、殺さずに捕まえて騎士団に差し出すのが一番面倒なんだけどな。


「はぁ、この時間にも時給を付けといてくれよな。工場長」


 俺は古い電球を外す。指が火傷しそうなくらい熱かったが、笑って我慢した。


 工場内の明りが消え、カンデラを持っている三人だけが暗闇で浮いている。明りが弱いカンデラのおかげで二メートル先は見えてないはずだ。


 ――まずは爺さんを助けるか。あんなおいぼれを助けても意味ないけどな。今までの恩とか一応あるし……。


 金髪のチンピラがシャッターを開け始めた。すると、あまりにさび付いているシャッターなので金属同士の擦れる音がたまらなくうるさい。


 俺は足音をなるべく無くして走る。


 シャッターが開く音に足音が掻き消され、二メートル付近にまで近づけた。左手に持っている鉈を使って爺さんの腕を持っている二人の男のアキレス腱を思いっきり切り割く。


「うわっつ! いって!」


 二人の男は爺さんの腕を放し、アキレス腱を切られて立てなくなり、地面に尻から倒れ込んだ。その瞬間に俺は、女かと思うほど軽い爺さんを抱きかかえて暗闇の中を走る。


「兄貴! 誰か、他にいるっすよ! アキレス腱をぶった切られて立てないっす!」


「ちっ、どこに隠れてやがった……。今すぐカンデラの明りを消せ。居場所が割れる」


「は、はいっす!」


 俺は爺さんを倉庫の裏に隠した。明りが無いので遠くまで逃げられないのだ。


「ほらよ、爺さん。あんたの銃……」


 俺は小声で話しながら、爺さんのリボルバーを手渡した。


「馬鹿ガキ……。チンピラだからって舐めてると殺されるぞ……」


 爺さんは葉巻が無かった時くらいイライラしながら手渡されたリボルバーを受け取る。


「俺は上手く死ねないんで……」


 俺は爺さんに銃を渡したあと、倉庫の金属製の壁を触りながら音を殺して歩いた。


「くっ、どこだ……。どこにいる……。くっそ、血が止まらねえ……」


「喋るな。気づかれる……」


「あ、兄貴。助けてくれ。立てねえよ!」


「ちっ……」


 誰かが暗闇の中を走り出した。倉庫から一気に離れていく。走れると言うことは、金髪のチンピラだ。どうやら奴は仲間の二人を置きざりにして逃走したらしい。


 ――まじかよ。仲間を置き去りにしていくのか。まぁ、逃げてくれた方が楽か。


 俺は倉庫の前で動けなくなっていると思われる、二人のもとに向かう。両者共に暗闇と身動きが取れないと言う恐怖から、精神がおかしくなっており、銃を発砲し始めた。周りには火薬庫だってあるのに、完全に正気じゃない。


 俺は撃たれるのも覚悟してカンデラを点け直した二人が持っている拳銃を撃つ。銃口が二回赤く光ったあと遊底が動き、薬莢が二個飛んだ。硝煙のにおいが鼻につき、眼が染みる。


「うがああっ! 手まで撃たれた! 死ぬ! 殺される!」


「た、助けてください。俺達は悪くないんです!」


「額を地面に付けて両手を上げろ……」


 命乞いを始めた二人は俺の言う通りの動き、額を床に付けて両手を上げる。


 俺はカンデラを蹴飛ばし、二人の男の手頸を背中で鉄線を使って縛る。二人の動きを完全に封じて、大きくため息をついた。


「はぁ……、ん……。つっ!」


 背筋に怖気を感じ、反射でしゃがむ。その瞬間、銃声と倉庫の金属板に銃弾が当たった音が合わさる。俺は何者かに狙撃された。だが弾は外れ、無傷だった。どうやら死に損なったらしい。


「ちっ! 覚えてろよ!」


 ――危なかった。この二人は囮か。


 俺は弾丸を運ぶ荷車を持って来てアキレス腱と利き手に穴が開いた二人の男と胸に穴が開いている工場長を乗せて病院まで運ぶ準備をした。


 ――こいつらは「死にたくない」と言ったのだ。何か生きる目的がある相手をみすみす死なせることはできない。俺みたいに生きる希望を無くしかけている状況とは違うのだろう。仕方がないから生かしてやる。


「おい、ガキ。どこに行く気だ、仕事が残ってるだろ」


 爺さんは倉庫裏から工場の入り口前まで歩きてきた。胸もとから葉巻を取り出し、口に咥え、マッチを使い、火をつけた。辺りは暗いが、葉巻の先が赤く光り、白い煙が何となく見える。


「俺は怪我人を病院まで運ぶ。老骨のあんたは寝てな。若者に沢山連れまわされて疲れただろ」


「ふっ、若造がぼやきよって……。こんなもんで傷心してたまるかってんだ。この時代の爺を舐めるなよ。お前らの分の仕事を終わらせておいてやる」


 爺さんは俺の肩に手を置き、工場の中に入って行った。


「ははっ、そうだな。あんたはだいぶ頑丈な爺さんだったな」


 俺は荷車を引きながら走る。街灯なんてほぼ点いてないも同然だが、ボロ屋や店から漏れる光で視界はあった。

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