26 暗雲空を覆う

「スマホ出せ」

「……タ、タカに……取られた」

「……ルイにやらせた犯行も、それで撮影してたんだな」

 児童相談所の悪徳職員は、力なくうなずいた。

 念のため、広田ひろたの服のポケットをさぐった。本当にスマホはなさそうだった。さらに黒川くろかわは、不自然な状況に気づいた。――なんで、あれがないんだ?


「タカってのは、どんな奴だ、どのくらいのガン首そろえてやがった」

 さらに広田を問い詰めたが、広田はもう気力を使い果たしたのか、「ああ、ああ」と呻くばかりで、もはや情報源としても活用できなくなっていた。こいつはおれを苛立たせる能力は天才的だなと、黒川は見切った。


「救急車は呼んでやる。あとは自力で好きにしろ。タカはおれが落とし前つけさせる。お前のスマホは警察に届けるから、お前のことが明るみに出るのも時間の問題だ。とぼけるなり抵抗するなり、勝手にしろ。どうせ逃げられねえ」

 眉をしかめたまま、黒川は立ち上がった。

 これ以上話すのも不快だ。こいつはもういい。


「お前のような奴がいるから、全国の児相の職員は大迷惑だな」

 それだけ言い捨てて、黒川はスーパーの敷地へ急いで引き返した。


 広田はタカとは面識がないようだった。対してタカの方はどうやら、広田とルイの事情を知っているらしい。ルイの友人か。タチの悪い友人関係だ。広田に脅されて犯罪行為に手を染めていたルイは嫌気がさし、友人に相談した。結果、タカが仲間を引き連れて、広田を袋叩きにしたというわけか。広田のあのザマを見れば、タカもお上品な人柄とは思えない。だがここで気になるのは、広田がもらした「マサキ」という名前である。……ルイとタカの間に、もうワンクッションあるのではないか。それが、マサキとかいう人物……。


 黒川は救急車の前にまず、自分のスマホで、麗人れいとに電話をかけた。まだ7時半にはなっていない。3人して、駅のカリマンタン・カフェにいるだろうか。

「広田が襲われた。半グレ集団らしい。リーダーはタカとかいうそうだ。ルイがどうつながっているのか、まだよくわからん。拉致されたのかもしれんし、率先してタカたちと行動をともにしているかもしれん。とりあえず、ルイのアパートをあたってみる」

『了解。カズちゃんとエビらんにも、もうしばらくいてもらう。何かあったらすぐ動くから、連絡ちょうだい』


 本来頭のいい麗人は、TPOもちゃんとわかっている。無用な冗談で長引かせず、こちらの話をするっと飲みこんでくれる。


 ひと呼吸おいて黒川は、息苦しい事実を打ち明けた。

「広田は、ルイを脅迫して、暴力事件を起こさせていた。脅迫のネタはまあ、家族事情ってヤツだ」

『脅迫? ルイちゃんを? ……やっぱり、職権乱用、ってワケ?』

 さすがに、麗人の声が苦みを帯びる。


「おそらくはな。タカってのは、ルイのがわの人間で、そのことで広田に復讐した可能性もあるんだ。そのへんが断定できない。ルイにぶつかるしかない」

『オレらもそっちに行こうか?』

「いや……待ってくれ。タカの行きそうなところを、もう少し絞り込みたい。そこにいてくれ」

 タカは――どこかに移動するつもりではないのか。

『わかった。連絡待ってる』


 麗人は多くを聞かない。その間合いの取り方が、今は何よりもありがたかった。黒川は電話を切った。ついで、自販機のそばの公衆電話に歩み寄る。受話器を取り上げながらスーパーの看板を見上げ、通報するべき内容を頭にまとめながら、非常通報用のボタンを押した。

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