25 許されざる罪

「てめえ、広田ひろただな」


 そうとわかると黒川くろかわは遠慮なく、見るからに暴行の被害者である広田の襟をつかんで揺すりあげた。昨夜の様子からして黒川は広田を、一連の事件の「加害者側の関係者」とみなしていた。丁重に扱う理由はない。


 広田のこの姿が、一連の事件と無関係だとは、とても思えなかった。


 どうやら麗人れいとは、まだ黒川の顔を広田にさらさない方がいいと考えていたようだが、さすがにこの事態までは予測できなかっただろう。だが、ことここに至っては、広田を見なかったことにするわけにはいかない。


「なんだそのナリは。仲間割れでも起こしたか」

「あ、あ、あう」

 広田は呻いた。黒川は舌打ちして、揺する手を緩めた。口をきけない状態にしてしまってはどうにもならない。


「おい、誰にやられた」

「……タ、…………タカ……」

「タカ?」

 ルイ、ではないのか。

「男が、何人も……ガラの悪い……半グレ、みたいな…………リーダーが、タカと、呼ばれて……」


 この状況で広田をこんな目に遭わせるのは、ルイではないかという気が、かすかにしていた。……それとも、被害者の誰かに「返礼」でもされたか。それなら、狙われるのは広田よりも実行犯のルイではないかという気もする。


 タカというのは、ルイの仲間なのか。それともタカは、広田だけでなくルイにも……。


幣原しではらルイはどうした」

「し、知らん……どこかへ」


 負傷した男は体をのけぞらせた。彼にしてみれば、ガラの悪い男たちに拉致され暴行され、ようやく助けが来てくれたと思ったら、これまたガラの悪い男に締め上げられるハメになったのだから、生きた心地はしないのかもしれない。だがこれも自業自得である。


 聞きとがめることもなく、広田は、当然のように、ルイの名に返答をよこした。

 ……黒川は、自分の中から何かが抜け出して、どこかへ飛び去ろうとするのを、懸命に押しとどめた。

 やはり、あれは……ルイ本人、だったのか。


「お前、ルイと何を話した? 何のつもりでルイと組んで、あんなことをしてやがったんだ、ああ?」

 つい手に力がこもる。ぐえ、と広田が、絶息しそうな声をもらす。

「う、うさ晴らし、だった……子どもに、寂しい思いをさせて、いる……親なら、……痛めつけても、いい、だろうと……思って」

「うさ晴らし、だ?」

 黒川の眉間のしわが深まった。

「なんで自分でやらねえ」

「…………さすがに、それは」

「てめえ……」


 黒川の双眸に火がともった。再び手に力がこもる。


「ルイを脅迫したな! 自分の手を汚さずに、ルイにやらせた。それを撮影して、ルイを逃げられなくして、ついでに自分のうさ晴らし用にして、にやにやと鑑賞していたわけだ」

「……………………」


 こんな卑怯な人間が考えることは想像がつく。事実広田は、きまり悪そうに目線をそらした。


 児童相談所が関わる子どもの何割かは、他人に絶対に知られたくない繊細な秘密を持っている。家庭環境に関わる繊細な秘密。どうしてか、小さな子どもにもそれは、他人に明かしてはならないものだと理解できてしまうのだ。こうした事情は、児童相談所の職員であれば、職務の権限で知りうることができるものだ。広田はそれを――。


「ガキにはどうにもできねえ事情につけ入りやがって……!」


 全身が熱くなる。

 胸の奥に押し込んで蓋をしていた想いが、奔流となって理性を押し流す。

 爆発する。


 なぜ、こいつらは。

 どうしてそんな卑怯なことが、臆面もなくできるのだ。


 黒川は容赦なく、広田の髪をつかみ上げた。

「そのタカってのは何だ! ルイの仲間か!」

「し、知らない……ルイとのことを、マサキから聞いたと、言ってた」

「マサキ……?」

 この名前も初耳だ。


「で、タカと仲間はどこ行った。ルイは一緒なのか!」

「あ、あ、ああ……」

 怯えきった広田は、言葉にできない様子で、ぎこちなく首を横に振った。黒川は再度、行儀悪く舌打ちした。がつん、と広田の頭を地面にたたきつけるように放す。こいつを問い詰める機会があったら殴ってやろうと思っていたのだが、すでに広田は十分に報いを受けたように見える。今さらこんな奴を殴ったところで、気は晴れないし、手が汚れるだけだ。


 ……落ち着け。今、追い詰められてんのはおれじゃねえ、ルイだ。

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