03 黒白(あやめ)も分かぬ夜の中

「寝言でも言ったかな」

「うぅん。はるかちゃんが煙草吸うときって、だいたいわかってきたような気がしてさ」

 黒川くろかわは今度は実際に、顔面筋肉に苦笑を乗せ、首を振った。この30秒足らずで、何べんおれをぎょっとさせてくれるんだ、こいつは。


「昔の夢だ。ずっと昔の、どうにもできねえくらい昔だな」

「ほほぅ」


 とは言ったものの、麗人れいとはそれ以上突っ込んでこなかった。不思議な男だ。突っ込んでつつき回していい場合と、そうでない場合が、瞬時に見分けられるらしいのである。かわりに麗人は、ベッドの上で姿勢を変えたようだ。


「眠れない夜は、オセロなんてどう?」

「ああ……いいな」

 黒川は吸殻を始末して、机から降りた。もうひとつの二段ベッドの下段に転げ込む――麗人の斜め下だ。


 私立明洋めいよう高等学校、男子寮19号室。ここが、木坂きさか麗人と黒川遥の住まいである。とりわけこの部屋は、校内きっての問題児がそろっていることで「魔窟」とも「男子寮の火薬庫」ともささやかれている。男子寮の入居者は10名程度で、女子寮はすでに廃止された。かつて4人1部屋だった名残りは、部屋に2台配置された二段ベッドだが、現在では2人部屋だ。よほどの事情がない限り、個室は認められない。学年と人数の兼ね合い事情で、同室者の取り合わせのコントロールがうまくいかない場合もあるというわけだ。それにしても、なぜこのふたりを同じクラスに、寮でも同じ部屋にしてしまったのか、明洋高校の七不思議と言われているとか、いないとか。休日となれば、補習やクラブ等に支障がなければ帰省する寮生たちの中で、彼らふたりだけは寮に居残っている。ふたりとも、両親を失っているという共通点もあった。麗人などはこの学校の理事長の孫なのだが、祖父のもとにはほとんど寄りつこうともしないのはどうした事情だろうか。


 室内に二台設置された二段ベッドは、二人部屋になった現在、ひとりに1台ずつ割り当てられている。上段と下段のどちらに寝るかは各自の自由で、空いた段は私物を置いてよいことになっている。「同じ高さに並んで寝たくない」という一致した利害により、麗人が上段、黒川が下段にマットレスを敷いて利用しているので、それぞれ寝転ぶと「斜め上下」という位置関係になる。もちろんとっくに消灯時刻を過ぎているので、ふたりはめいめいにスマホのアプリを起動させ、アプリ上でのオセロ対決となった。


「――ガキの頃の夢だ。施設にいた頃の仲間が出てきた」

 しばらく無言のプレイが続いた後、黒川が問わず語りに口を開いた。


「小学生のとき、だっけ?」

 麗人はすでに誕生日を迎えているので17歳だ。それでも煙草を吸う資格はない。といっても、麗人の方は煙草とは無縁だが。

「2年のときだな。春から……年、越したんだったかな。越してはいないか。……9か月、くらいになんのかな」

「仲間って、女の子? 男?」

 この聞き方に、麗人の興味の行方が露骨に表れている。

「女だよ」

「なんていう子? かわいかった?」

 ……途端に食いついてきやがった。しかめた黒川の顔に、スマホのバックライトが陰影を作る。


「言っとくが、おれの1コ上だから、当時小学3年生だ。そんなモンに興味持ってどうする」

「気になるじゃーないの。で? かわいくも初々しく、はじめてのおつきあい、とかあったの?」

「小学校低学年同士で何がどうなったらそうなるんだよ――あっ、クソっ!」

 にわかに黒川が悪態をついたのは、麗人にカドを譲らざるを得ない状況に追い込まれたからだった。

「このヤロっ!」

「んふふー、オレ別に卑怯な手は使ってないよねぇ~?」

「ちッ」

 夜中にかえって目が覚めることを始めてしまった19号室には、スマホの画面という小さな明かりがふたつ、ともり続けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る