04 2年4組、2時間目
いつもと何も変わらないはずの、
2年4組の教室は、中途半端な静けさと中途半端な騒がしさがモザイク模様を形成している。誰かが折った紙飛行機が、つい、と教室を横切った。
すべての原因は、前面の黒板に書かれた「自習」の二文字に集約される。
日本史担当の
「あはは、そーだよねー」
高い笑い声が上がった。
「それにしても、今日も蒸し暑いねぇ」
「お前、そんなカッコしてるからだろ」
一緒にしゃべっていた男子のひとりが、げらげら笑ってツッコミを入れた。
「そぉねぇ、今年もそろそろあきらめて制服着ようかしら」
麗人は自分自身の服装をつくづくと眺めて、小さく笑った。――つまり、彼が着ているのは学校の制服ではない。そして高校生が日常的に着用するべき服でもない。タキシードなのだ。今日はシルバーグレーを基調としたデザインに、ブルーのリボンタイという姿。これがまた、とてもよく似合う容姿も持ち合わせている。はねが強いが肩まで伸びた髪をきっちり結び、丸くきらめく瞳には明るいエネルギーがあふれんばかりだ。にこにことよく笑う顔は、女子がはっと振り返る程度には整っていて、177センチの身長にすらっとした体型――要するに、制服でなくタキシードで学校にやって来るという、はっきりと「奇人」なのである。当然ながら、学校の先生にはしょっちゅう説教をくらっているが、しおらしく聞く、ということには演出の必要性を感じないらしい。そもそもなぜ高校生がタキシードを着る必要があるかという疑問があるのだが、麗人本人は「着こなせないと、マジシャンとして説得力がないでしょお?」という重大な理由がある
あきらめて制服着ようというのは、制服なら合服も夏服も手軽にできるから、である。もっともこの男は、ブレザーの制服を着こなすことも朝飯前にやってのけるのだが。ついでながら、彼はここの理事長の孫という事実があるものの、祖父の七光りで在籍しているわけではない――七光りだと思われるのはまっぴらだった。だからなのか、彼は学校でも私生活でも、祖父に極力近づかないようにしている。
奇人ぶりなら、男子寮で彼の同室者である
控えめに表現して「問題児」であるこのふたりの、なぜウマが合ったのか。おそらくそれは誰にもわからないだろう。
「……え、そーなの?」
談話と呼ぶにはあまりにもくだらないやりとりの後、麗人はさすがに眉をくもらせた。
一緒にしゃべっている女子のひとり
「もう退院したの?」
「うん、知らされたときにはもう、退院してたから……」
文脈がつかめず、麗人たちは顔を見合わせた。
「あ、意味わかんないよね。うち両親離婚して、あたしは母親と暮らしてるの。だから」
「ああー……」
ようやく腑に落ちる。末田の父親は、1週間くらいならたいしたことはないと、元妻や娘には知らせてこなかったらしいのだ。
「いやでも、検査入院とかならまだわかるけど、事件に巻き込まれての入院なんて……」
「うん、事件だったから、結局母さんには、警察から連絡来たのよ。母さんも、あたしには知らせないでおこうと思ったみたい。よけいな心配かけるからって。だからあたしが知ったときには、父さんもう退院してたってわけ」
「へえ……先週、って……」
「ほら、梅雨のさなかなのに、からっときれいに晴れた日があったでしょ? あの夜だったんだって。あたし、帰りに2組のマリと一緒にクロッシィ行ったんだけど、あたしがそうやって楽しく過ごした夜に父さんそんな目に遭ったなんて、ってショック受けたから、覚えてる」
「なんか最近よく聞くよね、そんな話」
一緒にいる、
「あれでしょ、道を歩いていたらいきなり、後ろから殴りかかられるって」
「やだよね、怖いよねー」
「でもなんか、襲われてるの、男の人だけらしいね」
「珍しいよね、そういうのって、女性の方が狙われやすいのに」
女子の会話に、麗人はすんなりと介入をはかる。
「でも、まだこれからどうなるかはわからないよ。ほんとに気をつけてよ。なんかあったら助けに行くからね。だからアカウント交換して、連絡とれるようにしとかない?」
「もー、木坂くん、するっと距離つめてくるよね」
「あ、でも、その方が確かに安心はするかも」
女子が苦笑いしながら応じるのを、一緒にいる男子が「なるほど、そういう手か」と何やら納得顔で、半ばあきれつつながめている。
「ふごっ」と黒川が、一瞬だけ身じろぎした。
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