50 団子十人男

「では、そろそろ仕上げにかかりましょーかね」

 半分歌うように、麗人れいとは宣告した。指先に引っかけられて回っているのは、単語帳についているのと同じくらいの大きさの、金属製らしいリングがいくつか、チェーン状に連なったものだった。といっても一馬かずまの目には、単語帳のリングのように開閉できる仕組みも継ぎ目も見当たらなかったが。よろよろと起き上がりかけた男たちに、軽快なステップを経て、麗人は走り出した。


 苛立ちの怒声と、つかみかかる手とを、黒いタキシードはひょいひょいとかわしながら、駆け抜ける。まるで手負いの男たちの鈍重さを、あざ笑うかのように。いつもの、というより不敵とも解釈できる表情を浮かべたまま、方向転換し、さらに男たちの間を、舞うような動きで走り過ぎて、仲間たちのところへ戻る。


「野郎……!」

 軽やかな身ごなしが、怒りをさらにかき立てたようだ。ほぼ同時のタイミングで、麗人めがけて殺到しようとした、……そのとき。


「うわっ」

「お、おわ、おわ、なんっ……」

「ああああああ」

 男たちが口々にわめき声を上げた。彼らはもつれ合い、尻同士を向き合わせる形で、全員が巨大なひとつのダンゴ状態になって、倒れ込む。


「いでーっ!」

「げほげほッ」

「降りろ、どけ!」

「脚、脚、脚ィ!」

「おい動くな!」

「うげッ」

「何だこれはぁ!」


 仲間の下敷きになった者は当然だが、上に乗った者も起き上がれず、押し合いへし合い状態で身動きもままならない。何が起こったのか、状況を把握することさえ容易ではなかった。


 麗人は、それまでの殴り合いのさなか、男たちの間をきゃーきゃーとすり抜けて逃げ回りながら、彼らの尻の上のベルトループに、鎖状にいくつか連なった金属のリングをぶら下げて回っていたのだ。そして最後に、それらをまとめてつなぎ合わせたのである。こうして、10人がひとまとまりとなった巨大な人間ダンゴが、転げることになったわけだ。


「やぁねぇ、最後の最後つなげるまで、だーれも気づかないんだもん」

 くすっと麗人が笑った。


 ダンゴ状態になった男たちは、怒声と苦悶と悪態を吐き捨てながら、なんとか起き上がろうとする。手品でつなげられたリングであるからタネがあるのだろうし、ベルトループを引きちぎれば脱することもできる。だがそれは、麗人が何をやったのか、客観的に知ることができる一馬や江平えびらの見立てにすぎない。男たちは、自分たちが何に巻き込まれたのか、知ることさえままならない状態にある。そもそも人体が折り重なっていて、焦りと苦痛にまみれていては、分析も思考も空回りするばかりに違いなかった。


 一馬も江平もあんぐりと口を開けたまま、しげしげと麗人を眺めた。こいつはケンカじゃものの役に立たないと思っていたが、まさかこんな効果を狙っていたとは……。なるほど、確かに自分が手品師をナメすぎていたようだと、一馬は認めざるを得なかった。……いや、というより。


「手品師つうか、詐欺師だな、オマエ」

「誉められたと思っておくワ」


 おっほっほ、と麗人は余裕たっぷりに、一馬の嫌味を笑い飛ばす。その向こうで黒川くろかわが首を振っている。こういう奴だ、わかっていただろう、とでも言いたげに。

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