51 テイクアウトで召し上がれ
「はい、じゃ、デコレーション開始」
高い木のそばにたたずんだ
タカは、自分がしゃべる内容に用心していなかったのだ。あるいは、この程度の人数なら簡単に潰せると思って、あえてしゃべったのかもしれないが。
なんにせよ、これでタカたちは簡単に言い逃れはできないだろう。それを悟ったタカが、唸るように叫んだ。
「よ、よこせ、そいつを……」
「聞こえなーい」
麗人は涼しい顔でボリュームを上げた。大音量が駐車場を揺るがす。
「おい、でかくねえか? 近所の人に……」
さすがにぎょっとした一馬が眉をしかめた先で、麗人はレコーダーのストラップを指にひっかけ、くるくると回して遊んでいる。
「――おぉ~っと、手が滑ったァ!」
レコーダーは麗人の指先からすぽんと抜け、くるくる回ったまま、上空へ舞い上がった。高い木の枝先に、ストラップが引っかかってしまったらしく、落ちて来ない。タカの「自白」が、高所からがなり続けている。どうやら麗人は、リピートモードに設定しておいたらしく、同じ内容が繰り返されていた。
一馬はようやく、麗人の狙いに気づいた。……あれだけ高いところに吊るした「証拠」、タカたちがこの体勢で取りに行くのはまず無理だ。警察が来れば、梯子か何か使ってレコーダーを回収することは容易であろう。つまり、自分たちが立ち去っても、タカたちの手に握られることなく、警察に託すことができるのだ。
「さぁさ、証拠があんな高いところにひっかかっちゃったし、長居は無用。もう通報されているだろーし、警察もこのヒトたち捜してるだろーし。お土産もしっかりいただいたし」
「おみやげ?」
怪訝な顔の一馬に、麗人は手袋に包まれた両手を見せた。そこに乗っているのは、車のキーが2本、スマホが2台。麗人が、タカたちの中を走り回ったのには、別の目的もあったのだ。
どちらが広田の車のキーなのか、試してみれば簡単にわかることだ。おそらく、ここにいる誰かの指紋もべったりと残っていることだろう。スマホは両方ともタカからスリ取ったものである。これも、どちらが広田から奪ったものかは、警察が調べれば一目瞭然のはずだ。取り巻きではなくタカ自身が持っているだろうなという麗人の読みは当たった。広田のスマホには、ルイの暴行の一部始終が動画となって残されている。ルイ自身の罪は隠さずにきちんと認定してもらわなくては、タカや広田の有罪がぼやけてしまうので、麗人たちが広田のスマホに小細工をする必要はない。
追認するように、黒川も麗人に向けて、小さく頷いた。
「……お前、スリの才能あるな」
しみじみと一馬は慨嘆した。
「まーあ、失礼ねえ。さ、オレたちは消えましょ。ばらばらに移動して、ひとまず例のところで落ち合う。オッケー?」
「だな」
「じゃ、後でな」
「うむ」
麗人がレンタサイクル、黒川がバイク、一馬が自分の自転車、
マサキの証言の録音データや、ルイが使っていたストールや、タカからすり取った広田のスマホなどは、帰りがけに、広田の車の中にこっそり載せておくつもりだ。
そろそろ、警察におまかせしてもいいだろう。
取り残された男たちのダンゴの中で、誰かが苛立たしげな咆哮を上げた。上空では、優越感に漬物状態になったタカの声が、自らの罪状を虚しく繰り返している。やがて、パトカーのサイレンが近づき、赤い回転灯が駐車場に差し込んできた。ぽつ、とタカの頬に落ちてきた雫があった。ふたつ、みっつ、よっつ、あっという間に数えきれないほどに増えていく。停車したパトカーのヘッドライトの中で、無数の雨粒が静かなダンスパーティを始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます