49 強い男、怖い男
「……やるじゃねえか」
のっそり、という歩調で、タカが進み出た。体格の良い男だ。自分ではリーダーらしい態度を装っていたつもりだったが、実際には足がふるえ、思うような歩調で進み出ることができなかった。あのナイフ投げの精度を目の当たりにした、というよりターゲットに擬されたとあっては、当然かもしれないが。
今回タカは、自分ではほとんど戦ってこなかった。3人相手に9人の手下で十分だと思っていたのかもしれないが、形勢は一気に危うくなってきた。特にあのふたり。遅れてきた異様に強い男と、おちゃらけたくせに不気味な男。
なんだあいつらは。
あの男の戦闘力が高いのはわかったが、今ナイフを投げてきたあっちの男。空気の読めないふざけた野郎だと思っていたのだが……あの腕前。なんなんだこいつは。油断ならない野郎ということなのか? どこまでも……得体が知れない。不気味だ。
なぜあんなやつに、おれは圧倒されている? ……こんな奴は初めてだ。
「俺が相手にな……っ!」
言いかけて、タカは言葉を失った。
だが、タカのそんなこだわりは、迫りくる黒川の拳によって眉間ごと破砕された。さらにみぞおちに一撃。ぐほっ、とタカは、自分の苦悶を聞きながら、よろけていた。そんな馬鹿な。手下もいるとはいえ、ケンカには自信があり、一対一で敗れたことは数えるほどしかないというのに。しかもこんな短時間で。
これをケンカではなく戦闘だと思っていた男は、最初からとっくに、あいつがタカって奴かと認識してはいた。あいつをぶちのめすのが一番手っ取り早いな、とも思っていた。ただ、タカが大物を気取って、少し離れたところに立っており、その前に手下どもがひしめいていたので、拳銃では狙えなかったし、あそこまで走って行く間に邪魔が入りそうだと判断したから、取り巻きを先にある程度排除しておこうと思っただけだ。
黒川は、つまらなさそうな顔で、片足を上げ、タカを無造作に蹴り倒した。とどめというより「邪魔だからどけ」というに近い、興味ないといった態度だった。実際、黒川は興味がなかった。タカはルイの頭をおさえつけ、泥の中に押しつけた男のひとりだったが、所詮これまでも大勢見てきた羽虫の1匹にすぎず、こいつを思う存分殴りつくしたところで根本は何も解決しないのだ。こいつを警察に突き出し、その間にルイがこいつの縄張りから姿を消すのが、ひとまず最良の解決だろう。もっとも、ルイの方でその道を選ばなかったとしたら、後はもう知ったことではないが。
少しばかり拍子抜けした思いで、
あいつは、怒りさえもコントロールしちまうのかな。
それは……すごいことだとは思うけれど、必要なこと、なんだろうか。
怒りを制御することは、状況によってはもちろん必要なことだとは思う。ただそれは、別のところに負担がいってしまいそうな気が、しないでもない。
それとも……。
黒川、お前、……本当にそれで、いいのか……?
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