45 実践喧嘩講座(保証なし)


「武器を手にするってのは、不思議なもんでな」


 ――どういう話の流れだっただろうか。一馬かずまは、いつか黒川くろかわが、ケンカの戦法について話してくれたことを思い出していた。


「戦うことをよくわかっていないシロウトほど、武器を持つと、そいつを使うことにばかりこだわっちまうもんだ。徒手空拳だったら、全身何をどう使ってでも、目の前の相手に対抗しようとするだろう? これが拳銃を持つと、発砲することしか考えなくなる。たとえ、撃つよりも殴った方が早いフトコロに飛び込まれてもな」

「なるほど」

 素直にそう思ったことを覚えている。言われてみればそうかもしれないと、納得できる話だった。

「ナイフでも同じだ。ナイフは確かに危険だが、刃渡りはせいぜい十数センチだろ。本当に危険なのはそこだけだ。たかがそれだけのリーチを手に入れて、シロウトはパンチもキックも頭からすっぽ抜ける。油断は禁物だけど、逆転の余地は十分にある。恐れすぎる必要はない」

 もちろん、対抗するがわにもそれなりの技量があることを前提にしての話だけどな――喧嘩巧者の黒川はそう締めくくった。


 つまり、相手の武器は何が長所で何が短所なのかを見極め、相手自身がその短所を補える技量を持っているかどうかを見極め、自分に対処できる実力が備わっているかどうかを見極めろということか。一馬はそう解釈していた。


 パイプは、ナイフよりもずっと長い。刃はないが、殴打の破壊力は非常に高い。しかも、殴る、突き込む、振り回す、攻撃のバリエーションはナイフよりも多いときている。

 危険ではあるが――。

「恐れすぎるな!」


 打ちかかってくるパイプを、自分からも飛び込みつつ片手でつかむことで防ぎ、すかさず腹に足をたたきこむ。

 ナイフの刃と違い、パイプはこちらからも握って抑止することができるのだ。

 横合いから二人目のパイプが空を切り、一馬は一転してかわす。黒川の言う通り、敵の攻撃はほとんどパイプで殴りかかるものばかりだ。ただ、全員がそうだと断定するには早いだろう。

 生兵法は大怪我のもと……だが今は、そうも言っていられない。


 男たちは入り乱れて殴り合い、つかみ合った。数で圧倒的に有利なのは半グレの方だが、三人の意外な手ごわさは、男たちを驚かせた。


 作務衣をまとった大男は、見た目通りだった。いわゆるパワーファイターである。殴打用の扇子で敵のパイプ攻撃を受け流し、勢いを減殺しないよう体をひらいて、「ふぬっ」とぶん投げる。扇子よりも十手術に近い投げ技だ。投げられた先にはたいがい別の男がいて、巻き添えをくって一緒に倒れ込む。またでかい分手足のリーチが長く、渾身の蹴りを腹に食らうと、胃から強烈な痛みと逆流の兆候が喉をつく。

 Tシャツの男は、これといった技はないが、度胸とカンがいい。要領よく、そして下手なためらいなしに、がつんと的確に一撃を食らわせる。ときおり、仲間の作務衣男の方に上手に相手をよたつかせ、それを作務衣男が間髪入れず投げるという連携も見せている。


 だがことにやりづらいのは、この場に黒いタキシードなどと酔狂な恰好で現れた男である。しかも白い手袋まではめて、状況がわかっているとはとうてい思えない。こいつはおそらく、殴り合いは不得手だろう。向かってくるどころか、逃げ回ってばかりいる。ただし回避速度と要領がハンパではない。きゃーきゃー言いながら、打ちかかるパイプ攻撃をことごとく避け、男たちの間を上手にかわし、すばしこく走り行く。避け方がまた、小憎たらしい。きゃーきゃーと騒がしいが、紙一重を見切って冷静にかわしていることが徐々にわかってきた。見切っていてわざと騒がしくしているのだ。そして、男たちが手にする武器を――パイプを、ちょんちょんと触って回る。どういう原理か、この男に触れられたパイプはことごとく、造花に変わる。マジックで使われる、ハンカチや円筒の中からぱっと現れる、あのたぐいの造花である。男たちは目をむくが、殺傷能力が著しく減殺――というより、こんなもので叩いても平手打ちほどの効果も期待できないことは確かなので、いまいましさとともに造花を足元に叩き捨て、素手でタキシード男を追い回す。タキシード男はさらにきゃーきゃー言いながら、殴り合いの中を上手に回避して逃げ回る。もはや悲鳴なのか面白がっているのかすら定かでない。

「クソッたれえ!」

「あーら、お下品だこと」

 腹が立って悪態をつくのに、こんな返し方をされたら、イライラの跳ね上がり方は尋常ではない。戦闘能力は皆無に近いくせに、ムカつく。


 だが……3人とも、敵を確実に仕留めているとは言いがたい状況だった。麗人れいとは論外ではあるが、一馬も江平えびらもだ。ひとまず倒しはするものの、とどめを刺す前に別の男に襲い掛かられ、そっちに対処している間にさっき倒した男が「この野郎……」とか言いながら起き上がって来るのである。武器の有無よりも、人数の差が大きなハンデだった。


 せめて警察が来るまでは、立っていたいものだ――一馬はそう願った。






※フィクション上の演出です。くれぐれも、実際に危険な行動はされませんようお願いします。

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