5.雨雲至る

38 凶悪集団、侵入

 タカが率いる半グレ集団が、ルイを真似て事件を起こす。たぶん市内に向かった――黒川くろかわにそう知らされた麗人れいとは、即座に真意を読み取った。


「……ルイちゃんに、余計な罪をなすりつけるつもりだね」

『たぶんな』


 黒川が改めて依頼してきたのは、盗まれた広田ひろたの車を捜してほしいということだった。

「うん、で、車種は……黒くて……ナンバーは……」

 麗人が復唱するのを、江平えびらが手早くメモしている。一馬かずまは、一旦シャットダウンさせていたノートパソコンを再起動させた。


『奴ら10人くらいはいそうだ。分乗しているだろうけど、1台は広田の車を使ってると思う』

「広田サンの車を目撃させることも狙いだろうからね。オッケー、こっちはどうにかするよ」

『頼むぜ』

「あ、それとね……」


 手早く連絡事項を伝え合うと、麗人は電話を切った。しかし、どうにかするといっても、車の特徴がわかっただけで、見つけ出すのは容易ではない。

「カズちゃん、なんとかならないかな」

「まかせろ、もう始めてる」


 一馬はノートパソコンとタブレットとスマホを駆使して、作業を開始している。使い捨てのアカウントを取得し、一旦ダミーデータを経由してこちらの情報をマスクしてから、SNSにアクセスする。


「ちょっと禁じ手かもしれないけど、……非常事態だ、勘弁してもらおう」

 つぶやきながら、車の特徴と、市と隣町の地名を挙げ、情報を求める書き込みを行う。

『車が盗まれた。警察にはこれから知らせるつもり。盗んだのは半グレの可能性あり。見かけた人、情報ヨロシク!』


 麗人や黒川に、融通がきかない真面目な性格をよくおちょくられる一馬だが、まるっきり四角四面ばかりではない。嘘はついていないのがポイントというか、極力嘘をつかないようにしているのが彼なりの矜持であろうか。


「情報が集まるまでちょっとかかるぞ」

 江平えびらは、テーブルに残ったカップや紙ナプキンなどを始末して、いつでも席を立てる体勢を整えた。代金は注文時の先払いなので、食い逃げになる心配はない。

「バスとかタクシーより自転車がいいよね。オレ、ちょっと借りてくる」

「江平、俺の自転車持ってきてくれ。すぐそこの駐輪場だから」

「引き受けた」

 麗人は、駅前すぐそばのスタンドに硬貨を入れて、レンタサイクルを1台借り出し、カリマンタン・カフェのオープン席へこぎつけた。向こうから、一馬の通学用自転車を押して走って来る江平と行き会う。


「なんか入ってきた?」

「徐々にな」

 一馬が軽く眉をしかめながら、タブレットとスマホを触っている。SNSに寄せられた目撃情報を見ながら、市内の地図にマークしているのだ。


「なぜ、被害者が男性ばかりであったのか、わかってきた気がするな」

 一馬の隣に椅子を引いて座りながら、江平が言った。彼もまた、黒川の「芝居」でマサキがいろいろと話す事情を、耳をそばだてて聞いていたひとりである。黒川の苦悶の呻きに、歯を食いしばりながら。

「幣原ルイ自身が女性だからこそ、女性は狙いにくかったのではないか」

「それもあるだろーね」

 一馬を挟んでもうひとつの椅子に腰を落としつつ、麗人も応じる。

「日本じゃ、離婚するとなったら、子どもの親権は父親よりも母親が持つってパターンが、圧倒的に多いじゃない? そうすると、父親の方が、家族を失ってひとりになるってことが多いわけよ。マサキって人はさっき、『妻子を捨てて離婚した男を襲撃する』話だって言ってたよね? 実情として妻子を捨てたのかどうかはともかく、男性がターゲットとして選ばれることが多かったのは、割合の問題かもしれない。あるいは――ルイちゃんの事情と重ねられる方が、広田にとっては好都合だったのかも……ルイちゃんを引きずり込むのに」

「…………」

「ルート読めてきたぞ」

 一馬はわざと、話題に入らずに、別の声を上げた。両脇から、感情を切り替えた視線がタブレットにそそがれる。


「おそらくこのルートから市内に入って来てる。で、こっちがわから、こう回って……」

「……この通りに入るんじゃない?」


「……あっ、ヤベ」

「ぬ、なんだこれは」

「あちゃー」

 3人そろって顔を歪める。新しく入ったメッセージには、パイプをかついだ数人の男がその車に乗り込んだ、と記されていた。その後、近くで、殴打されたらしい中年サラリーマンが発見されたという。状況的に、その男たちがやったのではないかとの書き込みだった。

『あなたの車、犯罪に利用されているんじゃない? 大丈夫?』

 そんな心配もされていた。おそらく一馬の所有物だと勘違いしているのだろう。意図的に勘違いさせたのは一馬なのだが。


「犠牲者が出てしまったようだな」

「黒川、よく予測できたな」

「……いよいよ、食い止めなくちゃね」

 麗人はゆっくりとまばたきした。


 これ以上、黒川の大切な思い出をけがす奴を、のさばらせるわけにいはいかない。


 自称良識派の一馬は、ためらいがちに声を上げた。

木坂きさか麗人。……この件、警察には……」

 回答はわかっているつもりだったが、問わずにはいられない。

 黒川の相棒は、よどむことなく、答えた。

「最終的にはね。けど、……オレは、ある程度の落とし前は、黒川につけさせてやりたい」

「……だろうな」

 今回ばかりは、あまり強く主張する気になれない一馬だった。


「ターゲットを見つくろいながら動くんじゃ、たいしたスピードは出せないはずだよ。カズちゃん、行動線、予測できない?」

「……とりあえずここ、目指してみるか」

 一馬がタブレットに示した地図の一点を指さした。


 3人は一斉に席を立つ。麗人は、ポケットから黒い蝶ネクタイを取り出し、首につける。次いで黒いジャケットをつかんで、羽織った。マントをひるがえすような、華やかで、それでいてごく自然な動きで。黒いタキシード姿――手品師を自称する麗人が、「勝負服」をまとった意味を、一馬も江平も理解した。麗人はスマホをいじってからレンタサイクルに乗る。一馬はリュックにノートパソコンとタブレットを押し込み、スマホをポケットにつっ込んで自分の自転車にまたがる。


「それじゃ、行こうか!」


 こんなときの麗人の声は、特段気合いが入っているようにも思えないのに、凛としていて、背骨が伸びてしまう。悔しさと、まったく別の感情とを、両方をいっぺんに感じてしまい、一馬は自分自身が理解できなくなる。


 ふたりがほぼ同時にペダルをこぎ出し、すぐ後から江平が走ってついて来た。

 江平は自転車に乗らない。極度に乗り物に弱く、酔いやすいのだ。中学生の時、自転車をこぎながら酔って、自分の腿に嘔吐してしまったという悲劇的経験があるらしい。以来自転車にも乗らないことにしたと、以前聞いたことがあった。


 それにしてもなあ。ブラックのタキシードをきめて自転車をこぐ男と、茶色の作務衣に雪駄ばきで後ろから走ってくる男。……並んで走るのやだなあ、と思ってしまう一馬であった。

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