31 話し合い

 駅を迂回し、マサキが足を止めたのは、昼間彼が入って行ったバーのはす向かいにある、ガード下の空き地だった。先が袋小路とあって、入ってくる人はまずいない。バーは開店しているものやらどうやら、判別できなかった。

 ガードのそばに一応外灯はあるのだが、奥までは光が届かない。黒川くろかわは、ガード下の一角にバイクを停めた。


「いい場所だな」

 つぶやいて、バイクのそばにヘルメットをひっくり返して置き、運転用の手袋を外して中に入れた。ついでにサングラスもポケットから出して手袋の上に乗せる。スマホをバイクのシートの上に置く。バイクウェアのジャケットを脱いで、ヘルメットの隣に置く。黒川は内側に、体格よりワンサイズ大きいカーキ色の半袖Tシャツを着ていた。戦闘用と決めている、指先のない薄手のグローブをはめる。「会話」にふさわしい用意を整えていく。


 マサキはそれを眺めながら、低気圧な声を上げた。

「お前がアレか、ルイがよく言ってる、ハルくんか」


 黒川は無言のまま身支度を続けていたが、珍しく、内心で困惑していた。子どもの頃、ルイにそう呼ばれていたことは事実なので、そこは否定するつもりはない。が、ルイがよく言ってる、とはどういうことか。今ごろ、ルイが黒川を話題にする必要性はまったくないはずなのだが。


 それとも昨夜、ルイは、こちらが誰なのか気づいたのだろうか。……まさか。10年近く前に別れたきりだ。小学生の頃からすれば、顔つきなど別人だろう。だが、自分はルイだと気づいた。ルイが気づかなかったと断定できる材料はない。


 なんかいろいろ事情がゴタついているんだが……いちいちコイツに説明するのもシャクだし、コイツ馬鹿っぽいしな。黒川は、かなり乱暴な結論を出した。つまり、マサキに対して非常に失礼な偏見を持ったという意味である。


「今になってルイの周りを嗅ぎまわって、どういうつもりだ。ヨリ戻してえ、ってのか」

 …………ヨリ? ヨリというよりも、黒川の眉間にしわが寄る。

「お前は、ルイとどういう関係だ?」

 さっき聞いたはずなのに、つい問うてしまう黒川だった。

「気やすく呼び捨てにすんじゃねえ、ルイは俺の女だ」

 ああ、そうだった。そりゃ、ルイに近づく男は牽制したくなるはずである。けどなあ、と表に出さず、黒川はボヤきたくなった。――ルイ、せめてもう少し、頭の回る男を選んだらどうだ、と。どうやらマサキという男、あけすけな部分は嫌いではないが、おツムの活用が苦手そうな印象を受ける。


「元彼だかなんだかしらねえが、ルイは俺を選んだんだ。わからねえならわからせてやるぜ」

 元彼。黒川は思わずげんなりと、上空を――ガード下なので実際に空は見えないが――仰いだ。小学生低学年同士の時期しか一緒にいなかったのに、元どころか、どうやって彼氏彼女の仲が成立するのかと、いっそ聞いてみたい。コイツ、ごく一部分の話題では、麗人と盛り上がれるかもしれないなと、勝手なことを考える。それともルイがコイツに、誤解を与えるような話し方をしているのだろうか。――これはどうでも、ルイを締め上げて吐かせねえとな。


 その前に、この男にも聞きたいことが数多くあるのだが、話してくれるだろうか。


 ――「話したい気持ち」になっていただくか。


 黒川はマサキに向き直った。「ほら来い」とマサキが挑発してくる。頭脳労働は苦手そうだが、喧嘩は相当な場数を踏んでいる印象を受けた。


 これ以上の前置きは省略していいだろう。ためずにいきなりパンチを放つ。ふッ、とマサキがかわす。速い。ひるまず、流れのままキックを打つ。腕でいなされる。直後に踏み込まれた。がつっ、と衝撃が顔面を揺るがした。

「くッ」

 よろけながらも黒川は踏みとどまった。二撃目のパンチを外腕ではじく。


「細いわりにやるじゃねえか」

 マサキが、にっと笑って間をつめてきた。それでも俺の方が強い、という余裕をちりばめた笑い方で。黒川は、殴られた頬を手でぬぐい、構え直した。


 ……やはり、少しばかり手間がかかるかもしれないと考えて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る