28 歪んだ喜悦の末路
「やっぱりそうか」
なんとなく、無言がテーブル上空をたゆたった。
「主犯格は広田で、
「……したが、なぜその
これもまた言いにくそうに、江平がこぼした。その場合、広田が幣原ルイに言うことをきかせる手段は――幣原ルイが施設育ちで広田が児童相談所の職員、とくれば、詳細に聞く意欲はわいてこない。
「卑怯者なんだろうよ」
一馬は、タブレットから顔も上げず陰鬱に指摘した。一応、「タカ」の名前と町名で検索をかけてみたが、さすがにデータ不足らしく、目ぼしい情報は出て来ない。
「あるいは、ご趣味が歪んでいらっしゃるか、かな」
食べ終わり、紙ナプキンをくしゃくしゃに丸めながら、麗人が補足する。
「趣味?」
「ゆうべ、あのオッサンはなんで、現場をああしてのぞいていたんだろうって、考えてみたのよ」
「幣原ルイが……ちゃんと、やるかどうかを見張っていたんじゃ?」
「それもあるでしょーね。でも、あんなに近くにいなくてもいいと思うのよ。撮影していたと考える方が自然かな。距離よりもアングルに気を遣っていたような気がする。確証はないけど」
「それをまた脅迫のネタにしていた?」
「かもしれない。けど、広田のオッサンからすると、ルイちゃんを脅迫するネタはすでに持っているわけだから――個人の趣味だった可能性もあるんじゃない?」
「趣味……」
「他人がぶん殴られているところ。それを撮影して、ときどき見返してみたりして、自分のストレス発散に利用していた。あのSNSの書き込みの雰囲気からするに……っと、あれは広田のオッサンのものと断定できたわけじゃなかったね」
麗人はアイスレモンティーで喉をうるおした。
「けど、広田のオッサンの勤務態度、例のSNSのノリに近いみたいよ」
「ええ?」
「ぬ?」
「ぬ」という発声は江平のものである。どうも現代の高校生ばなれした感性の男だ。
「カズちゃんの言った通り、あんまり仕事熱心とは言えなさそーよ。少なくとも、燃え盛る正義感から事件を起こしたわけじゃないのは、ほぼ確実だね。となると、広田のオッサンの所業には、何らかの歪んだ意図があるわけだ。ルイちゃんを脅迫で従わせることにためらいがあるとは思えないなぁ」
「なんと……」
江平が語を失う。
一馬は、タブレットに触れるのを休めていた手で、前髪をぐしゃっとさせた。
「……こんな言い方が適切かどうかわからんけど、あるいはその方が……まだ黒川は救われるんじゃないか。その……幣原ルイさんが、自分からすすんで、その……自由意思で、そういうことをした、というよりも……」
黒川にすれば、せめて、ルイにとって不本意な行動であったと思いたいところだろう。ただ、あくまでも願望だ。もっと複雑な話がまだ介在している可能性もある。もしかすると黒川は、見たくなかったものを直視する結果になるのかもしれない。
不謹慎だよな、ごめん、と一馬はもごもごと付け加えた。麗人は答えられなかった。自分は黒川ではなく、彼の気持ちが代弁できるとは思えなかった。一馬の考えに内心で同意している自分もいた。彼にできたのは、アイスレモンティーをもう一口飲むことだけだった。
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