20 男心は複雑でして
「それなら――」
「――俺と
もしかすると、ふたりとも
「おう、悪いな。今度なんか奢る」
「本当か」
双眸を鋭く輝かせた江平を、どうどう、と一馬は肩をたたいてなだめた。
「具体的な話は、この件が片付いてからにしとけ」
「しかし、我ながら、ここまでお節介だとは知らなかったぜ」
おどけたように苦笑してこぼす黒川を、一馬と江平とは、松葉杖をつきながら歩く入院患者を見るような目で見送った。黒川と並んで「じゃあ後でね」と、去り際に意味不明の投げキスをしてきた
「
麗人と黒川の姿が見えなくなると江平は、ノートパソコンを片付け始めた一馬に声をかけた。
「まあな。黒川のあんな様子見たら、突き放せねえだろう」
一馬の正直な心境だった。いつもふてぶてしいくせに、ああいう一面もあるんだなと思うと、黒川もそう悪い奴ではないように思える。それにしても、黒川から女の子(女性というべきか?)の話を聞くことになるとは。
「……あれが
麗人への毒舌を、どうしても挟んでしまう一馬であった。
「そこまでたずねておらぬ……お前、心底木坂が嫌いなのか」
「嫌いじゃない、大嫌いだ。あんな、女はナンパの対象、男はおちょくり相手、としか思ってない、あんなろくでもない男、俺はゼッタイに生存を認めない!」
「落ち着け」
少々興奮してしまったらしい一馬は、しばらくぜーはーと呼吸を繰り返して、精神の再建につとめた。
「……しかし、木坂と黒川と、どちらも人としてああはなりたくないと思うのだが、あのふたりがそろった状態に、時折、憧れというのか、……うらやましく思ってしまうのは、なぜであろうな」
ふと、江平が独り言のようにこぼした。苦笑いしながら。
とっさに一馬は返事ができなかった。江平に、上手に言い当てられた気がして。ああ、こいつもそう思っていたのかと、少しほっとして。
確かに、人としてああはなりたくない。良識派を自認し、いつもあのふたりに振り回されて気苦労が絶えない身として、心底そう思う。けれども……なぜ時折、強烈に心ひかれるのか。それは羨望というよりも、一馬の場合、焦りに近いもののようにも思える。
人としてはあんなに無茶苦茶なのに、自分が絶対にかなわない高さのステージにいるように思えるふたり。
いつか自分も出会えるだろうか。あんな風に――わかり合えて、信じ合えて、すべてを話さなくても反応し合えて、でも容赦のないことも言い合えて、それを真っ向から受け止め合えて、何かあれば当たり前のように背中を預け合えて……。
そんな相手に出会えたら、俺もあいつらと、同じステージに立てるんだろうか。そのときには、あいつらはもう、もっと高いステージに上がっていやしないだろうか。
なんで俺は……嫌いな奴らのことを、こんなに気にしているんだろう。
振り切った。今日はまだ、することがある。あいつらのことを分析するのは、この件が片付いてからでいい……いや待て。なんで俺が、あんな奴らのことをわざわざ分析なんてしなくちゃならんのだ!
「――江平。外の座席に移動しよう。席、確保しといてくれ。俺は自転車、すぐ近くの駐輪場に移動させて来る。で、今のうちに何か腹に入れておこう」
「うむ、わかった。――降ってはおらぬな」
「夜中まで大丈夫らしいぞ」
一馬と江平もまた、立ち上がった。
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