19 首のつっこみ方
「話、戻していいか」
おもしろくもなさそうな表情で、
黒川は実務的な口調で、今日の行動をかいつまんで説明した。その施設を訪問したこと。
「ルイの姿を見たわけじゃねえから、居場所があのアパートだという確証にはまだ欠けるが、一連の事件の関係者の部屋だろうとは思う」
「……幣原ルイさんじゃなくて、事件と関わりのある人物の部屋って、どういうことだ?」
一馬が戸惑う。
「たとえば、実行者がルイちゃんひとりじゃなくて、複数いる可能性もあるわけよね。あくまで可能性だけど。で、その部屋が関係者のたまり場になっている、とか。実は後から来たそのミョーな男こそ部屋の主って可能性も、なくはないでしょ」
「ああ、そうか……ってお前、勝手にちゃん付けかよ」
「しかし、襲撃された人物の子どもは全員、児童相談所の世話になっているのか? 両親が離婚している子どもが、必ずしも全員、児童相談所の懸案となっているわけではあるまい? そこまで、その広田なる男が把握できるものなのか?」
「児相が相談に乗っている子どもたちから、同級生の情報を聞き出すくらいはできるかもよ~?」
「ぬ、そうか」
3人がそれぞれの考察を交換しているのを、いつになく黒川は、遠い意識で聞いていた。やたらとコーヒーを口に運ぶ。胃がむかむかするような不快感と、押し上げてくる落ち着きの無さとが、意識をばらつかせている。
……あれは本当にルイだったのか。本人なら、なぜあんなことを。主導者は広田とどっちなのか。
「……
はっ、と黒川は顔を上げた。麗人、一馬、
「ああ」
歯切れ悪く、黒川は上体を起こした。
「当たってみない? ルイちゃんか、広田のおっさんか、どっちか。直接」
麗人に真っ向から提案され、黒川は小さく口を開けた。……そうだ。それが一番手っ取り早い。ことの次第さえはっきりさせることができれば……。
「そうだな」
黒川は腕時計を見た。かなりの時間をかけてしまったようだ。
「なんなら、ルイちゃんと広田サン、分業しようか」
流れのままにそう言ったのは麗人だった。黒川は提案者に顔を向けた。
「オレが広田サンに会ってみる。遥ちゃん、ルイちゃんに会いに行きなよ」
「珍しいな。お前が女を人にまかせるとは」
「オレもできればルイちゃん担当したいけどね。今回ばかりは、ルイちゃんには遥ちゃんが当たらないと意味がない」
痛ぇな、と内心で黒川は思った。麗人の言い分は至極当然なのだが、一方で彼に「逃げちゃダメよ」と突きつけられた気がしたのだ。見透かされた思いだった。――自分はこの事件から、ルイから、逃げようとしている。直接ルイに会わずにすませたいと思っていることを、見抜かれたのだ。首を突っ込むことにしたと自分で宣言していながら、情けない限りだった。
「カズちゃん、エビらん、広田サンはオレにまかせてくれる?」
「その方がいいだろうな」
「うむ、我々は当時の雰囲気がいまひとつわからぬ」
一馬も江平も異存はなかった。事件当夜は、逃走する犯人の対応を麗人と黒川にまかせ、被害に遭った男性の救助に手いっぱいだったふたりである。背後から広田がのぞいていたことなど知る由もない。麗人のスマホで広田の顔はわかったが、それだけで広田相手にどう話をすればいいのか、見当がつかない。あの場で直接広田の存在に気づいた麗人なら、細かな雰囲気の中で何か感じ取った可能性もある。
「児童相談所だからね、あんまりぞろぞろ大人数で行かない方がいいし」
「けど、もう児相の業務、そろそろ終わるんじゃないか?」
「たぶんね。だから、会えたらラッキーくらいの気持ち。あんまり期待しないで待っててくれる? あーゆートコ、退勤時間ドンで帰れるとは限らないでしょ。会える可能性、ゼロじゃないと思うのよ。会えるなら早い方がいいし」
「確かにな」
一馬は同意して、座り直した。ここは口八丁の
「黒川、その……幣原さんのアパートのある町まで、行って帰って、どのくらいかかる?」
「ここからバイクで出発したとすると……片道1時間ちょいってとこか。今からバイク取りに行くから、出発までもうちょいかかる」
どのみちバイクに乗るためには寮に帰らなくてはならない。ついでに制服を着替えた方がいいだろう。今度はある程度身元を隠したい。
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