17 限りなく暗黒に近いグレー

「動機はなんだろーね。オッサン、仕事熱心すぎて、子どもたちを悲しませる親への怒りが燃え上がっちゃったのかな」

「逆だと思う」

 麗人れいとの疑問に、一馬かずまが重そうな声で反論した。


「逆?」

「これな」

 一馬がタブレットを操作した。彼は、地域の児童相談所と「広田ひろた」の情報をネットで収集していたのである。さすがに住所や電話番号までは割り出せなかったが。


「確定じゃないけど、たぶんこれが、その広田って男のSNSだと思う。匿名だと思ってヒドイもんだ」

「……ぼかしてあるとはいえ、仕事の愚痴ばかりではないか。しかもかなり口汚い」

 つぶやいた江平えびらの眉が動いた。高校生とは思えない言葉遣いの彼は、乱暴な言動には敏感である。

「うひゃー、不満たらったら。……これが本当なら、かなりぐうたらな勤務態度だね」

「もちろん、ネット上でだけ、こういうキャラを演じているという可能性もあるけどな。それで――」

 一馬が画面をスクロールさせる。


「これ見てくれ。ざまあみろ、と言わんばかりのメッセージだろ」

「あら、急に強気」

「しかし、何に対しての言いざまかは、書いてないゆえわからぬな」

「そう。似たようなメッセージが、時たま急に書かれるんだ。気になって、これが書かれた日時をピックアップしてみた。左側が、そのリスト。右側が……暴行事件の起こった日時」

「え…………」

 差し出されたタブレットが四方からのぞかれる。そのうち三方は、眉をひそめずにはいられなかった。

「ほぼ一致するだろ。さすがに時刻はまちまちだけど、事件の起こった日にこの人物は、SNSにざまを見ろとかスカッとしたという意味合いのメッセージを書きこんでる。――偶然、だと思うか?」


「……決め手とは、言えぬのでは?」

「うん、決め手とはいえない。でも、少なくともこの人が反応した日時と事件、何か共通項があるように思えてしまうんだ。実は、さっきの地図に載せた事件のデータ、このSNSをもとにして拾ったんだ。この人物がメッセージで反応を示したなら、関連する事件じゃないかと思って」


「確かに気味悪いねぇ」

「……こじつけととることもできよう」

 あくまでも江平は慎重だ。

「ああ、こんな作業自分でやっといてなんだけど、俺もこじつけ半分だと思う。さっきも言ったけど、そもそもこれが広田のSNSという確証もない。でも、なんというか……気になるんだ」

「偶然にしちゃ一致が多すぎるもんねぇ。……タイムラグ的に、事件がニュースになる前に書きこまれたメッセージもあるっぽい。犯人でないと知らないってヤツね」

「眉唾だと思ってくれ。本当に確証ないんだ」


 3人の意見を聞き流しつつ、黒川くろかわは、松下まつしたの話を思い出していた。広田について評していたことを。――真面目な方だ。子どもたちの話し相手になってくださることもある――。勤務態度は真面目なのか。だがストレスが溜まって、ネット上で匿名のグチを吐いていたのか。やはり主犯は、広田ではない方、なのか。

 いや……広田が仕事熱心に見えたのは、子どもたちの話から情報を得る目的があるから、だとしたら?


「ところで……」

 江平の太く響く声が、黒川の意識を現実に引き戻した。

「黒川、その、幣原しではらという人物とは、どのようなつながりが?」

「ああ……話すと長いから、それなりに端折はしょるぞ」

 黒川はブラックコーヒーをひと口飲みながら、頭の中で要点をまとめた。


「高校に入るまで、おれは親戚中で厄介もの扱いで、よく押し付け合いが起こってたんだ。小学2年生の頃、どの家がおれを引き取るかで、大モメにモメてな。居場所がなくなって、施設に放り込まれたことがある。1年、はいかねえな……9か月くらいかな、そこで暮らした。民間の施設だ。そこで知り合ったのが、幣原ルイだ。ひとつ年上で、えらく気の強い女でな。当時の夢はアクション俳優だったらしい」


 ――一馬は居心地悪い気がして、椅子の上で身じろぎした。黒川がそんな境遇だったことにも驚いたが、ここまで立ち入った話が飛び出すとは思わなかったのだ。聞いてしまっていいのだろうか……。質問を投げかけた江平自身も、予想外の話が出てきたことに戸惑い、しまったという表情を浮かべ、救いを求める視線を一馬に送ってきた。一馬は一度だけまばたきすると、作務衣の大男に軽くうなずいた。――黒川本人が、この件で一馬と江平にも協力を仰いできたのだ。黒川としては、そのために必要な情報だと判断したからこそ、話しているのだろう。話したくなければ拒むことができたはずである。一馬たちの協力を得るために不可欠な話だというなら、聞くことも協力の一環だと考えていい。

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