16 遠雷
放課後。
それぞれオーダーしてテーブルに置かれたのは、アイスティーがひとつ、アイスレモンティーがひとつ、ホットコーヒーがひとつ、箸を添えたチョコレートパフェがひとつ。
「この際、はっきり言う。昨夜のアレは、おれの昔の知り合いの、
さすがに声を抑え、だが純度の高いバリトンで、
昨夜のあれを幣原ルイと断定していいと思う。あの現場と日常生活で移動できる範囲内に暮らしている可能性が高く、現在も施設に出入りしている
制服を着て、髪もほぼ自然体のまま、サングラスだけかけたという珍しい黒川のいでたちに、かえって
「うん、まあ、そうかもしれない、ということでね。とりあえず、本当にその幣原ルイさんかどうか、まずはそこからはっきりさせようということで、ちょっと調べてみようというところかな」
これまた珍しく学校指定のシャツとスラックスを身につけた麗人が、上手にオブラートに包んでリボンまで付けて、一馬と江平にそっと差し出す。こういうところが如才ない男だと、黒川は思う。
「で、昨夜の様子をのぞいていた男が、児童相談所の職員で、広田って男だ」
「なんと?」
児童相談所とは、児童福祉法に基づき、都道府県、政令指定都市及び中核市に設置されている児童福祉専門の機関だ。児相とも略称される。1か所と限られているわけではなく、都道府県ごとに規模や地理的状況によって、複数箇所設置されているのが普通だ。0歳から17歳を対象として、家庭や学校からの相談に応じたり、児童や家庭に対する各種調査及び医学的、心理学的、教育学的、社会学的、精神保健上の判定と指導、また児童の保護などを行う。当然ながら、問題の生じた家庭の事情についても把握している。
「昨夜のあの様子からして、広田が一連の事件に関わっている線は濃厚だろうな」
黒川は、いったん腰を椅子から浮かせて、座り直した。
「おそらく、広田が職務上知り得た情報をもとに、襲撃相手を決定している。どっちが主導権持ってるかはまだ断定できんが」
広田の方であってほしい――黒川の胸郭の奥を転がった思いは、身勝手であろうか。
「
「ああ、こいつだ」
一馬は、自分のアイスティーのカップを脇へ動かし、タブレット端末をテーブルの中央に置いた。麗人を通じた黒川の依頼で、事件の情報を集め、ある程度の分析を進めていたのだ。
「赤い点が、その……関連すると思われる事件の現場だ。断定できないが共通点が多くて、同一犯によると推測したものも入ってる」
簡略化した市の地図の西部を中心に、7、8個ほどの点が見える。境界線をまたいで、市の西側に隣接する町の東部にも、3、4個の点が散っている。さらに、その南北の町にも1つ2つだけ、点がついていた。一馬がさらにタップすると、周辺の市町村を含めた地域が水色に塗りつぶされた。
「全部、市内にある児童相談所の管轄地域だ」
「フーン……広田ってオッサンが情報持っててもおかしくない地域だね」
麗人が、アイスレモンティーのカップを揺らしながら冷静に指摘した。児童相談所は県の機関なので、複数の市町村を管轄としているのが普通である。
「この行動範囲なら、車だね。……広田のオッサンが、ドライバーか」
「電車かバスでは不可能なのか?」
江平は問い返す。
「凶器持ってるよ? それに、襲撃する相手の通勤時刻とか経路とか、きめ細かく対応するとなるとねえ。車が最適じゃないかな」
麗人の解説は、弦楽器の独奏のように流れる。
「女性の方は免許を持っていないということか?」
「さあ、そこまでは。けど、この状況で、ふたりが別々の乗り物で行動してるってのは、ちょっと不自然な気がするなあ」
「……児童相談所の管轄内で、事件が起きていない町もあるようだが」
「あの――相棒を夜間に送迎することを考えるとな。あまり遠くへは行けないだろう」
「ぬう、なるほど。だから市内でも東部は少ないというわけか」
一馬が、表現に悩みつつ指摘すると、江平が疑念を引っ込めた。
黒川は地図の、市と町の境界線周辺を凝視した。――つまり、あのアパートを中心とした地域だな、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます