09 トラブルに愛されし人々

 食事をすれば、当然エネルギーを発散したくなるのが、この年頃である。4人の高校生が、幸いにして出禁を申し渡してこなかった寛大なジェイバーガーを後にして向かったのが、クロッシィという施設だった。アミューズメントアリーナ、とでも称するのだろうか。巨大な屋内に、カラオケ、ミニシアター、ボウリング、ビリヤード、ダーツ、卓球台、バッティングセンターやピッチングセンター、フットサルやバドミントンなどが楽しめるスペース、スケボーやローラースケートの練習場、冬季はスケートリンクになるプールなど、その上エステにサウナに日焼けサロンにシャワー室が設置され、軽食のとれるカフェまでが併設されている。アルコール類は一切取り扱われていない。子どもから大人まで、ひとりから大人数まで、健康的に楽しめる娯楽施設というのが売りだ。4人の高校生の食後の運動として、非常に健全な場所である。


 麗人れいとたちはここで、ハーフコートのバスケや、ビリヤード、フットサル、ビーチボールバレーなどで陽気に汗をかき、摂取したハンバーガー以上のカロリーを消費して「腹減った」とカフェに転がり込んだ。ことに黒川くろかわ江平えびらは大食いだ。黒川は消費カロリーが多く、江平は巨体であるが、麗人と一馬かずまも食が細いわけではない。一日何食だろうと追いつかない年齢である。4人合わせて10人前近く平らげ、店を出る頃には初夏とはいえすっかり暗くなっていた。一馬だけが、通学用の自転車を押している。


 ただ、近くにある書店に寄った結果がはかばかしくなかったので、麗人はやや残念そうであった。寺田てらだキリカの写真集が販売されていなかったのである。

「あれ、デジタル版が販売されてなかったか」

 黒川がたずねると、麗人は首を振った。

「数量限定で、閲覧キーが抽選式なのよ。ハズレちゃった。一応、未入金キャンセル申し込んではあるんだけどねぇ」

 一馬はあきれて、なかなか口を閉じることができなかった。確かコイツ、春にも探してなかったっけか? あきらめの悪い奴だ。


「お前ら、寮の門限は大丈夫か」

 わかってはいるが、一応一馬はたずねてみた。自動販売機の光のそばで振り返った麗人と黒川は、ふんと鼻で笑ったように見えた――夜とあって黒川はサングラスを外していて、表情がはっきりわかる。

「オレの検索に門限なんて言葉はないのよ」

「検索の仕方が悪いんだろう」

 だいたい予想のついていた麗人の回答に、一馬は跳び蹴りのようなツッコミをしてみたが、どうやら上滑りに終わったらしい。


 時刻はともかく、ハンバーガーを食べてスポーツ遊戯施設でたっぷり遊ぶという行為は、高校生として、おかしくはないだろう。コスプレのような恰好はまあ、こっちに置いておくとして。――だがこの4人が、非常に危険な取り合わせであることを知る者は、すれ違う通行人の中にはまずいない。4人そろうと、状況の分析力、判断力、行動力、戦闘力、そして度胸、どれも大人顔負けのチームなのだ。この春先に、駅のそばにあるショッピングモールで立てこもり爆弾テロが発生し、客と従業員が中に閉じ込められる事件が発生したのだが、たまたま中に居合わせていた4人は、合流し、それぞれの得意分野を活かして行動を開始した。結果、犯人を自分たちで突き止めて叩きのめし、モールを解放に導いて、介入できずにいた警察に犯人を突き出す、という快挙を成し遂げたのだ。それでいて、事件現場からすっと姿を消してしまったので、解決の立役者でありながら顔も名前も報道されていない。


 4人はべちゃべちゃとしゃべりながら歩き続けた。いつしか明るい通りを抜けていた。車通りはそれなりにあるものの歩行者がまばらになる道へ出る。さらに曲がって、交通量の激減した道路に入る。戸建てとアパートが新旧とりまぜて並んでいる、狭い道だ。さすがに話題が途切れて、なんとなく無言の間が続いた。江平も今日は下駄ではなく雪駄履きだから、がこがことやかましい音を立てることはない。


 ……だから、前方からの奇妙な声を、全員が聞いた。短く、奇妙に歪んだ――悲鳴。


 歩行が滞ったのは数瞬だった。真っ先に、タキシードの男が風になった。一馬と江平が続き、黒川は周囲を一瞥いちべつしてから最後尾を走る。角を右に曲がったところで……それは起こっていた。

 道端にうずくまる、スーツ姿の男性。そして、棒状のものを振りかざす人物。


 傷害事件だ。


 昼間、学校やジェイバーガーで話題になった事件が脳裏をよぎったのは、当然のことだろう。ああこりゃ女性だわと、麗人は瞬時に見てとった。顔は覆っているが、体格で察しがつく。



   ※


 唐突ですが、宣伝です。

 この高校生たちが、ショッピングモールで爆弾テロ犯と対決する話はコチラです

   ↓

「虹が砕ける日」

https://kakuyomu.jp/works/16817330650332095668


(今作「ガラス細工に雨は降る」は、↑読まれない場合でも、単品でお楽しみいただけます)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る