ほんとうのこと

「ついに成功、しちゃったかー」

  誰もいない公園のベンチで、私はこの3日間のことを思い返していた。

「今年で終わり、なのかなー」

 今よりも夏が涼しかった小3のあの頃、私は初めての恋をしていた。

 理科が得意で虫取りが上手くて、誰よりも夏が大好きだった四年生の健くん。

 暑いのも運動も苦手だったけれど、私も頑張ってついて回ってたっけなぁ。

 初めてセミを捕まえたときの「やるじゃん」って笑顔、まだ覚えてるよ。

「……忘れられるわけ、ないんだよなぁ」

 楽しい日々の終わりは、意外なほどあっけなくて。

 健くんがプールで溺れて死んだって聞いたのは、まだ暑い8月なかばのことだった。

 早すぎるよ。突然すぎるよ。

 自由研究の標本作り、まだ半分しか終わってないって言ってたじゃん。

「生きてたら、今頃はどんな大人になってたのかなぁ」

 彼の足が止まっても、私の時間はどんどん進む。

 高校を卒業した私は、東京の大学に行ってそのまま都会で職に就いた。

 そうしてお盆とお正月にしか地元を訪れなくなったある年の夏、妙な噂を聞いたのだ。

 曰く、「村外れの雑木林に、もうこの村にはいないはずの年頃の子供がいる」と。

 どう考えても怪談の類なのに、なぜか私は行かなきゃいけないような気持ちにさせられて。

 雑木林を訪れた私の目の前にいたのが、件の虫取り少年――記憶のままの健くんの姿だったのだ。

「完成おめでとう。未練、なくなったかな?」

 お盆のときだけ現れて、生前に捕れなかった虫を追いかけて消えていく健くん。

 毎年会うたびに記憶をなくして、あの頃のまま網を振り回している初恋の人。

 彼に会うことが、帰省の一番の楽しみになっていたのだった。

「一匹くらい、捕り逃したりしてないのかな?」

 この季節に、もうアブラゼミは鳴かない。

 あの頃とは気候も何もかも違うんだから。

 そうやっていつまでも自由研究が終わらなければ。未練が消えなければ。

 いつしか私はそんなふうに願っていた。

 身勝手だよね、私。

「来年は、もう会えないのかな?」

 彼がアブラゼミを捕まえる瞬間を、どうしても見ていられなかった。

 その刹那、彼が消えてしまう気がして。

「ほんとは、おめでとうって言いたかったな」

 喜ぶ顔、見たかったな。

「……忘れよう」

 去年もまた、そう思った気がする。

 気持ちはまだあの雑木林に捉われたまま、私は宿へと戻るのだった。

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アブラゼミの鳴かない夏 鍔木小春 @uithon

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