第38話 負けてもセッ◯スする理由にはならない

 次の日。

 七瀬うさぎは制服姿でぼくの家の最寄り駅に来ていた。

 ダッフルコートにマフラーも着ているけど、それでもスカートのせいで寒そうに見える。

「おはよう」とぼくは言う。

 ちなみにぼくは厚手のジャンバーの下に黒のパーカーを着ていた。

 わざわざ学校に行く、と嘘をつく相手がいないのだ。

 彼女は手に息をかけていた。

 スーツを着た社会人や制服姿の学生が駅に吸い込まれていく。

「おはようございます」と彼女が返事をする。

 ぼくは彼女の手を握って、ジャンバーのポケットに入れた。

 両手は無理でも片手だけでも温めてあげよう、と思ったのだ。

 七瀬うさぎはぼくの顔をチラッとだけ見て、恥ずかしそうに下を向いた。

 ぼくは自分の家に向かって歩き始める。

「学校休んで大丈夫だった?」

 とぼくは尋ねた。

「不良になった気分です」

「君は立派な不良だよ。髪も金髪だし」

「髪なんて染めてません」

 いつものように彼女の髪は黒髪のツインテールで、角が付いたヘアゴムを付けている。

 ポケットの中に入れた彼女の手をギュッと握りしめた。

「どうして学校がある時間に呼んだんですか?」

「ぼくの部屋で妹が寝ているんだ。学校に行っている時以外は」

「ずっとですか?」

 ぼくは頷く。

「お母さんが死んでから、ずっと」

 とぼくが言う。

「……変なことを聞いてごめんなさい」

「別にいいよ」

「どうして私を呼んだんですか?」

「うさぎのこと好きだからだよ」

「本当ですか?」

「本当」

 とぼくは言う。

「それだけじゃないけど」

「???」

「寂しいんだ。誰かと一緒にいたい。触れ合いたい。求められたい」

「私以外でもよかったって事ですか?」

「うさぎがよかったよ」

「……金木君はずっとズルイ人です」

 ズルイ人? なにそれ?

 しばらくぼく達は何も喋らずに歩いた。

「怖いんです」

「なにが?」

「わかりません」

「頭よしよししようか?」

「そういう事じゃなくて」

 ぼくはコンクリートを見つめた。

 今から七瀬うさぎとセッ◯スをしようと思っていた。

 そんな自分が浅ましく感じた。

 ぼくはあばずれピンク頭に負けたんだと思う。

 だから誰かを抱きたかった。

 セッ◯スは悔しさと結びつくらしい。

 誰かを抱いて、その誰かに必要とされたかった。

 そうじゃないとボロボロに負けたぼくはHPがゼロになって消えてしまいそうな気がした。

 だけどHPがゼロになってボロボロになるのは、ぼくがセッ◯スがしたい理由で、七瀬うさぎがセッ◯スする理由じゃなかった。

 彼女はぼくがしたい事を察して怖がっている。

「遊びに行こうか?」とぼくは言った。

 家じゃなく、近くのラウンドワンに方向転換した。

 ぼくは負けてばっかりはいられない。

 書かなくちゃいけないのだ。

 誰かを救える物語を、誰かを喜ばせる物語を、価値を創造する物語を。

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