第28話 愛を書いている
風呂上がりに部屋に戻ると布団が膨れ上がっている。
布団を捲るとピンク頭のあばずれ女がTシャツ短パン姿でいた。
ぼくがお風呂に入っている最中に家に来て、妹に鍵を開けてもらって部屋の中に入ったらしい。
妹よ、不審者を家に入れるな。
「アユちゃんは私のことをハイジの恋人だと思っているみたい」とあばずれピンク頭が喜んでいる。
変な女を家に入れてはいけない、とぼくは妹に説明するべきだろう。
特に頭がピンクで淫乱そうな女は部屋に入れるべきではないのだ。
ぼくはベッドに座って、「なんで部屋にいるんだよ?」と彼女に問い詰めた。
「ハイジ先生なら次の小説を書いているんと思って」
「まだ書いてねぇ」
「次は何を書くの?」
「教えない」
「教えてよ先生」
「愛についてに決まってるだろう」
「愛」
クスクスと笑う。
ムカつく。
お前も小説を書いているくせに。
「なんで愛について書くの?」
「バカにすんじゃねぇー」
「バカにしてない。だって、そんな直接的に言われると思ってなかったから。恋愛小説ってこと?」
「違げぇーよ。愛について書くんだよ。小説が選ばれるために」
とぼくは言った。
「小説が選ばれるために? ハイジ先生、それはどういう事でしょうか?」
「帰れ」
「私、それを聞くまで帰りたくても帰れません」
ちぇ、とぼくは舌打ちをする。
「面白い物語は映画にだって、漫画にだって、アニメにだってある。わざわざ文章を読む必要は無いんだ。他のメディアの優位性が小説にあるとしたら心にダイレクトに伝える事ができるって事なんだよ。そして誰もが持つ愛は普遍的で共感しやすいんだ。夢に対する愛、家族に対する愛、恋人に対する愛、友人に対する愛、キャラクターに対する愛、なんだっていいんだ。大切なものを紡ぐ物語を描きたいんだ」
だからぼくは小説を書き続けているのかもしれない。愛を描くために書いている。
「カッコいい。惚れ直す。好き」
「帰ってください。本当に」
「それじゃあ私は何を書けばいいんですか? 先生」
「知るか、そんなもの」
もしかして次の作品を描きたくて悩んでいるのか? 悩むよね。ぼくだってずっと悩んでる。
「ホラーでいいんじゃないの?」
「えーー次もホラー? 私も愛について書きたい」
「書いたらいいだろう。お前が書いた作品だって愛についてじゃねぇーか。純愛が書かれていただろう。どんなジャンルでも愛について書けるんだ。ホラーを書け」
「どうして?」
「テレビのコンプライアンスで怖い話ができなくなっているって聞いたことがある。フィクションです、っていう言葉を入れたり、話を作っているシーンを入れなくちゃいけなくなっているらしい。そんな事したら冷めてしまうだろう? そんな事をしたら怪談師が損をするだろう。営業に支障があるだろう。だから怪談ができなくなった。でも夏になるとゾッとする話は求められる。求められているから需要はある」
とぼくは言った。
「それじゃあ、これから私は需要あるじゃん」
「ポップなら」
「ポップ?」
「景気で求められる物語は変化するんだよ。景気が悪ければ明るいものが求められる。景気が悪くて、みんなが暗い気持ちの時に暗い物語なんて読みたくねぇーだろう。内容はホラーだけど明るい作品、ポップホラーがいいんじゃねぇーの?」
「私の作品、ちょっと暗いもんね」
「見た目は明るいのにな」とぼくは言った。「でも結局、書きたいもの以外は書けない」
うん、とあばずれピンク頭が頷いた。
「ぼくは」とぼくが言う。「キャラクターを描くよ」
「急に当たり前なことを言い出したじゃん」
「そうじゃなくて、キャラクターの魅力を描きたいんだよ。愛されるキャラクターを描きたいんだよ。キャラクターの愛が伝わる作品を描きたいんだよ」
だからぼくはこんなにも人と関わって、人からキャラクターのアイデアを手に入れようとしている。
「人間好きが書いた作品を書きたい、と思っている」
とぼくが言う。
「ハイジが人間好きなのは作品から、ちゃんと伝わってくるよ」とあばずれピンク頭が言った。
ありがとう、とぼくは言う。
「作家になれたらいいね」
とあばずれピンク頭が言う。
「そうだ。私も新人賞に小説を応募したんだ」といすずが言った。
へー、とぼくが言う。
「どこに応募したの?」
彼女はとある新人賞の名称を言った。
アイフォンで検索をかける。
「ぼくが応募した新人賞と締切日が一緒じゃん。だいたい同じ時期に結果が出そうだね」
とぼくが言う。
「読まれているのかな?」とあばずれピンク頭が言った。
「わかんねぇー」
小説をメールで送った時に郵便番号が抜けていたのを覚え出す。
胸が痛くなる。もしかしたら、あの何よりも大切な作品が、誰にも見られずに落ちるかもしれないのだ。
「受賞していたらいいね」
とあぱずれピンク頭が言った。
「そうだね」とぼくは言う。
「そう言えば」
とぼくは思い出した事を口に出す。
「ぼくのおばあちゃんは霊媒師なんだ」
とぼくは言った。
もしかしたらあばずれピンク頭にとって作品を作るアイデアになるかもしれない、と思って話した。
「なにそれ面白そう」
「全国飛び回ってるんだ」
とぼくが言う。
それからぼくはおばあちゃんの話をした。
お父さんが事故で死ぬ前に車には気をつけなさい、と連絡があったことや、見えないモノと戦っていることや、自分の事をを必要とする人の元に連絡もしていないのに行くことや、助けを求めている人がいる限り戦い続けると誓っていることをぼくは話す。
だけどぼくの話はお母さんからの受け売りで、チーバァが幽霊と戦っている姿をぼくは見たことがない。
「それじゃあハイジも霊感あるの?」
「ぼくは一切ない。お化けの運動会がやっていても気づかないぐらい。だからチーバァの話は別の世界の話のように聞こえるんだ。霊感って遺伝しないんだよ」
「へーー、そのチーバァって面白いね」
「ネタを提供したんだから帰れ」
「眠るまでココにいる」
「はい、寝たよ。帰って」とぼくが言う。
「私が寝るまで」
「一泊する気かよ」
「電気消そうか?」
「消して帰れよ」
「わかった。電気付けたままがいいのね。恥ずかしい」
なに言ってんだよコイツ。
ぼくは目を瞑った。
彼女の手がぼくの体を弄り始めた。
ぼくは彼女の手首を掴む。
二人きりの時にでるデレデレ属性はやめてほしい。
宮崎いすずにぼくは欲情しない。
「やめろ」
「おやすみなさい」
後ろから彼女がぼくを抱きしめる。
そういえば、こんなに否定しているのにデレる、ってどういう心理なんだろうか? 昔、私のこと好きだったから、また振り向いてくれる、と思っているんだろうか?
ぼくの初恋は宮崎いすずだった。
だけど彼女は先輩と付き合っていた。
ぼくは童貞で先輩と付き合っていた事が許せなかったのかもしれない。
それとも本を又貸しして、先輩にボコられたのが許せなかったのかもしれない。
もしかしたらコイツも小説を書き始めるような予感があって、女性ではなくライバルと思っていたのかもしれない。
宮崎いすずには使い古した靴下と同じぐらいの好意しか抱くことしかできなかった。
拒絶し続けているのにデレ続ける、頑固デレ属性を持ってしまったいすずの腕を拒む。
「抱きしめるな」
「いいじゃん。減るもんじゃないんだし」
「もう本当に寝るから、そろそろ帰れよ」
「夜、泣いているんでしょう」
「早く帰れよ」
「私の胸で泣いていいから」
「早く帰れ」
「好きよ」
「帰れって」
「ハイジ先生はホラーが書けるの?」
急に質問。
ホラーが書けるのか?
ぼくが書けるジャンルは決まっている。
異世界転生ものやミステリーは絶対に書けない。ためしてみたけど、どうやって書いていいのかさっぱりわからなかった。
だから書けない。
だけどホラーは書けるような気がした。なによりも好きなジャンルなのだ。
ぼくの本棚には青色緑色黄色のライトノベルの背表紙と共に黒色の背表紙も並べられている。
「……書いたことないけど、たぶんホラーは書ける」
「それじゃあ私が死んで、小説が途中だったら書いてくれるかしら?」
死ぬ? 今、そんな不吉なことを言うのかよ? コイツの神経バグっているのかよ。
「お前、死ぬの?」
「死なない」
「それじゃあ早く帰れよ」
結局、彼女は帰る気は無かったので引っ張って家から追い出したけど、女の子が深夜に外を歩いているのは危険だから家まで送って行った。
部屋に帰るとぼくは次の小説のことを考えた。
ぼくは何が書きたいんだろう?
どんなキャラクターを書きたいんだろう?
ぼくが作るモノは愛について書かれたモノである。
小説の優位性、とぼくはいすずに言ったけど、別に小説の形状じゃなくても愛について書くだろう。
偏愛だったり、純愛だったり、もしかして愛が曲がって憎悪だったりするのかもしれないけど、愛について書く。
それだけはわかっていた。
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