第19話 ピンク頭の不審者
風呂に入って自分の部屋に戻る。
暗闇のままベッドに入ると人の感触がして飛び跳ねた。
「誰だよ!?」
窓から入ってくる街灯の明かりでピンク頭が見えた。
「2回目も驚くの?」
と聞き慣れた声が聞こえた。
「なんでいすずがココにいるんだよ?」
「アユちゃんに開けてもらったのよ」
「アイツ不審者を家に入れるなよ」
「仲良くなったんだよ。ラインも交換したし」
「帰れよ」
「ハイジが小説読んでください、ってラインくれたんじゃん」
「……」
ぼくは彼女に小説を読んでほしい。
忘れていたわけじゃない。すでに原稿も印刷している。
だけど急に来るなんて思わなかった。
でも今すぐに読んでほしい。
ぼくは立ち上がり電気を付ける。
闇の住民になっていた宮崎いすずが光で照らされて目を細める。
彼女は白い花柄のワンピースを着ていて、頭のピンクさも相まって妖精のようだった。
ぼくは机に置いていたA4で印刷された小説を彼女に渡した。
彼女は両手で受け取り、ペコリと頭を下げた。
「読むね」
「うん」
とぼくが頷く。
宮崎いすずはベッドの奥に進み、壁にもたれて紙に書かれた文章に目を落とす。
目の前に座る宮崎いすずがA4サイズの紙を捲っていた。
紙には文字の羅列が書かれている。
「見られていたら読みにくい」
「……ごめん」
とぼくは謝り、ベッドに寝転がった。
彼女の反応が気になる。
だけどいすずを見るのは邪魔しているようで見れない。
読まれている、っていうだけでドキドキして動くことができない。
持て余した時間を潰すためにアニメを見ることにした。
小石のようなイヤホンを耳に突っ込んでアイフォンの小さな画面でアニメを見た。
だけど集中できずに、すぐに消す。
何も見れない。
眠たくないけど目を瞑った。
気づいた時には眠ってしまっていたらしい。
時計を見ると深夜2時を回っている。
いすずはさっきと同じ姿勢で、まだ小説を読んでいた。
彼女は泣いていた。
花粉症のように涙が出るらしく、涙を布団で拭っていた。
彼女にぼくが書いた物語が届いた事が嬉しかった。
ぼくは邪魔しないように音も出さずに彼女が読み終わるのを待った。
宮崎いすずはぼくが眠っていると思ったのか、ぼくの隣に寝転んでぼくの事を抱きしめた。
「読み終わったの?」
とぼくは尋ねた。
「起きてたの?」
「うん」
とぼくは頷く。
「どうだった?」
「ハイジ、こんなに面白かったんだね」
「……」
面白かったんだ、良かった。
全部報われた、と思った。
ぼくは今まで書き続けてきた。
でも人から感想を聞くのも初めてだった。
「ありがとう」
と言った声は震えていた。
しばらくぼく達は何も喋らなかった。
彼女は、ぼくを抱きしめ続けた。
ぼくは面白かったよ、という言葉を噛みしめた。
「どこの場面がよかった?」
とぼくは尋ねた。
あのセリフがよかったと具体的に教えてくれる。
あと、このキャラクターが好きで、このキャラクターが嫌い、っていう事も教えてくれた。
「他に何か感じたことや思った事はない?」
「……う〜ん、もっと主人公に熱い何かがほしいような気がする。キャラクターもグワッと濃くしてほしいような気がする」
ぼくはいすずの腕を離して、ベッドから起き上がり机に座る。
そして彼女が言ってくれた言葉を全てメモる。
そのメモを読みながら、いすずが言語化できない部分が重要な手直し箇所のような気がして考える。
主人公の縦軸がわかりにくかったか?
縦軸というのは目標である。
主人公はラノベ作家を目指している。
世界一面白い作品を作るのを目標にしている。
主人公が夢中に小説を書いているシーンはあるけど、それだけでは読者に目標が伝わらないらしい。
どうやったら主人公の熱い想いが伝わるのかを考える。
それにキャラクターをもっと濃くしてほしい、っていうのは、どういう事だろうか?
ぼくはキャラクターには気を使って書いている。
1人のキャラクターを書くまでに、そのキャラクターの生まれた場所や誕生日、家族構成、好きな食べ物、嫌いな食べ物、トラウマ、1人の人間が形成する全ての物を書き込む。なんだったらショートストーリまで書いている。
だから、これ以上キャラクターを濃くしろ、って言われてもわからない。
だけど濃くっていうのが主人公とのコミュニケーションの回数だとしたら?
とぼくは考える。
無駄なシーンは書いていない。
もしかしたら、この小説に出ているキャラクターが多すぎるのかも。
キャラクターを減らして物語を再構築できるか?
その線しかないような気がした。
「ねぇねぇ」
と後ろから声がする。
「なに? ちょっと待って。今考えているから」
「ココで寝て帰っていい?」
「家に帰れよ」
「無理。だって怖いんだもん」
「家、近所なんだから大丈夫だろう」
「だって幽霊が出るって噂なんだもん」
「幽霊?」
「髪が長くて、ずっと歩き続けているんだって」
「なんだよ、その幽霊。怖くねぇーな」
「ボソボソと呟いているんだって」
「なんて?」
「お母さんが見つからない、って」
「そんなの信じてるのかよ」
「だから寝て帰っていいでしょう?」
「帰れよ」
とぼくが言う。
女の子を一人で帰すわけがない。送って行くつもりはあった。
だけど彼女は、「もう無理、寝る。眠たい」と言ってベッドに寝転んだ。
「私、寝るから。おやすみ」
宮崎いすずは目を瞑る。
仕方がない。
今日は寝かせてあげよう。
だって今までぼくの小説を読んでいたんだから。
そういえば彼女には言っておかなくちゃいけない事があった。
「お母さん死ぬんだ」
「あっ、そう」
それから五分もしないうちに寝息が聞こえた。
ぼくはノートに目を落とす。
悩み考え、全てのパズルがはまるまでノートと睨めっこした。
それが終わるとパソコンを広げて書き直した。
気づいた時には夜が過ぎていた。
「お兄ちゃん」
とアユの声が聞こえた。
振り向くとアユが立っていた。
いすずは帰っていた。
いつ帰ったのかは知らない。
「えっ? 今何時?」
「7時だよ」
窓を見ると暗かった。
なんで7時で外が暗いの? 朝の日差しはどこに行ったの?
「もう私とお母さんで映画を観に行ったんだからね」
「えっ?」
とぼくは驚く。
朝の7時じゃなくて夜の7時なの?
夜が開けて朝が来て昼も過ぎて夜になっていたのだ。
「……言ってくれればよかったのに」
「言ったよ。でもお兄ちゃん何も返事しなかったじゃん」
「気づかなかった」
「一緒にご飯は食べるんでしょ?」
「うん。もう書き終わったから」
「早く降りて来てよ」
妹が部屋から出て行く。
ワードを保存して立ち上がるとフラッと体が傾いて、ベッドに倒れた。
気づかなかったけどぼくは疲れているらしい。
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