第11話 コント
数日間、何回も何回も伊賀先輩は2人に舞台に出てくれるように頼んだ。
だけど断られていた。
伊賀先輩が落ち込んでいる。
眉を下げ、肩を落とし、歩いてため息。
そういえば5人グループの末っ子も落ち込んでいるシーンでは眉を下げ、肩を落としてため息をついていた。それを過剰にしていた。
過剰に演出することで笑いに繋がるんだろうか?
子ども達にもわかりやすく伝えるためのテクニックなんだろうか?
笑いと表情は深く関わっているのは確かである。
数日経っても3人が全然仲良くなる気配がない。
仕方がない。
お願い事が下手くそな伊賀先輩が頼んでも進展はしないだろう。
ぼくはジャージを作っている宮崎いすずと七瀬うさぎの元に向かった。
「ジャージ作ってるの?」
とぼくは尋ねた。
「そうですよ」と七瀬うさぎが言った。
とにかくイエスと答える質問をぶつける。
イエスと答える質問をぶつけ続けたら今までノーと言っていたこともイエスと言いやすくなるのはぼくの人生で検証済みだった。
「これで2枚目?」
「そうですよ。私といすずちゃんの分」とうさぎ。
「学校で使うの?」
「そうよ。学校のジャージが、ちょっとダサいからね」といすず。
「君達が作るジャージはオシャレだもんね?」
「お金さえ出せば型紙があるからハイジのも作ってあげるよ。小さいサイズでよければ」
いすずが言う。
「小さいサイズなんていらねぇーよ」
「ワンサイズアップぐらいなら作れると思いますよ」
と七瀬うさぎが言った。
「どうする?」
といすず。
「それじゃあ作ってもらうかな」
「9千円になります」
高っ。
ぼくは財布を取り出す。
そちらの要望も聞いたんだ、と相手に思われたい。
バイト代が。
ぼくは1万円をいすずに渡す。
「いすずちゃん、ボリすぎです」
「いいのよ」
「ボッてるのか?」
「わかったわ。おつり2千円返すわよ」
それでいいでしょう、と言いながらいすずが財布から2千円を取り出す。
「それでもボ……」
うさぎが何かを言おうとしたけど、いすずが制する。
「2人が作る服には価値がある」
とぼくは言った。
「知ってる」といすずが言う。
「もっと大勢に見られるべきだと思う」
「着るんだから見られるわよ」
「勇者のコスチュームも?」
「それは遊園地で着たっきりで一度しか着てないわね」
「せっかく作ったんだから色んな人に見られなくちゃ勿体ないよね?」
「ハイジ先生は何を企んでるの?」
いすずが尋ねる。
「今度、伊賀先輩が舞台に立つ時、勇者のコスチュームを貸して欲しい」
2人が見合う。
「別に、それぐらいならいいけど」
いすずが言う。
「それじゃあ君達が作った勇者のコスチュームが舞台で使われるのを見に行こうよ」
「別にいいけど」といすずが言う。
「あっ」
ぼくが何かを思い出すフリをする。
「勇者には敵役が必要なんだ。うさぎ出てよ」
ぼくはいすずを見て言った。
「別にいいけど」
といすずが言う。
「ちょっと勝手に決めないでください」
「別にいいじゃない。やってあげたら? 私は客席からハイジと見といてあげるから」
嬉しそうにいすずが言った。
「先生役も必要みたいなんだ。いすずにも出て欲しい」
次はうさぎを見ながら言った。
「出ます」
とうさぎが言った。いすずの代わりに。
「勝手に決めないでよ」
「先生役でいすずちゃんはかならず出ます」
うさぎが言う。
「ありがとう」
ぼくは言って、後ろを振り返り伊賀先輩を見た。
「2人が舞台に出てくれるみたいです」
コチラを見ながらドキドキしていた伊賀先輩が飛び跳ねる。
「やったー、本当? 2人とも大好きなんだ」
これで2人が舞台に出たくありません、と言い出せなくなっただろう。
3人は椅子を持って、ぼくが使っていた机に集合した。
3人は恥ずかしがってお互いの顔をチラチラと見ている。
「えっー、まずは台本の、台本の」
と後輩2人を前にして、伊賀先輩は緊張していた。
2人の手元には手書きで書かれたコピーの台本が置かれていた。
「台本の、台本読みをしていきたいと、思うんだ」
チラリ、と伊賀先輩がぼくを見る。
「金木君の分も一応、印刷しといたから」
伊賀先輩がそう言って、ぼくに紙を差し出す。
ノートに手書きで書かれた三枚の紙。
誰が、どのセリフを言うのか、もうすでに名前もふっている。
前に見た時よりも、いくつかセリフが直されていた。
なんでぼくの分まで?
きっと伊賀先輩はぼくに手伝ってほしいんだろう。
だからぼくの周りに集合させたんだろう。
仕方がない。乗った船だ。それに面白そう。
「それじゃあ台本読みをするんだ」
と恐る恐る伊賀先輩が台本読みを始めた。
七瀬うさぎと宮崎いすずがモゴモゴと言っているだけで何を喋っているのかわからない。
恥ずかしいのだろう。
それに自発的に始めた事でもないし、やる気もないんだろう。
どうやったらやる気にさせる事ができるんだろうか? とぼくは考える。
注意する、叱る、ことでは人は伸びないというのを聞いたことがある。
人は褒められた時に成長するらしい。
本当かどうかは知らない。
伊賀先輩は何かを言いたそう。
だけど何も言えず台本を睨んでいる。
どこに褒める要素があった?
ぼくは考える。
「台本読みなんてした事がないのに、ちゃんと台本を読めているっていう事が凄いと思うよ」
3人がぼくを見る。
「それに3人の声ってすごく可愛いから、もっとハッキリ声を聞きたいな」
とぼくは言った。
「そうなんだ」と先輩が同意する。
「わかったわ。もう少し声を出す」
といすずが言う。
「わかりました」
「もう一回、やるんだ」と伊賀先輩が言った。
2回目はさっきよりも声が出ていた。
だけど棒読みすぎる。
どうやったら感情を乗せるように指示ができるんだろう?
きっと感情を乗せるのって恥ずかしいことである。
「凄いよ。さっきよりも断然とよくなった。この成長率は本当にすごい。可愛らしい君達の言葉がハッキリと伝わった」
ぼくは絶賛する。
本当に成長率は凄いと思う。
モゴモゴと言っていたのが2回目では何を言っているのかがわかるようになったのだ。
「台本読みが出来るんだったら、セリフに気持ちを入れる事もできると思うよ」
とぼくが言う。
「言葉には歌のように抑揚があるんだ」
と伊賀先輩が言った。
「そんなに棒読みだったの?」
といすずが尋ねる。
とにかく否定はしたくない。
「棒読みっていうか朗読だったんだと思う。ぼく達は朗読をする事はあっても台本読みなんてすることはないからね」とぼくは言った。
「自分達が思っている以上に抑揚をつけてみてもいいと思う」
次の台本読みも、さらに良くなった。
台本読みが終わるごとに、毎回、彼女達がぼくを見るようになった。
その度にぼくは彼女達を褒めた。
褒めに、褒め続けた。
それが2日間続いた。
3人ともセリフも頭に入り、次は実際に演技をしてみる事になった。
演技をした事がない2人はロボット人形のようである。
だけどセリフを覚えていたという時点で拍手喝采だった。
「頭がいいのだろうし、才能があるんだろう。恥ずかしいのは慣れなんだと思うよ」とぼくが言う。
3人は何度も練習を繰り返す。
とにかくぼくは褒めまくった。
褒めて改善点を伝える。
「座っている姿勢が綺麗だよ。だけど普段はそんな座り方してたっけ?」
「すごく可愛いなぁ。もう少し本気で怒ったら、さらに先生らしくなれると思うだよ」
「言葉に迫力があるよ。漫才なら素晴らしいだろうね」これは伊賀先輩に言った言葉である。
笑いを取ろうとするんじゃなくて、役になりきってほしい、と伝えたかったけど、彼女は言葉の裏を読み取らない。
「そうなんだ」と少し恥ずかしそうに照れていた。
「もしかしたら役になりきった方がウケるかもしれないよ」
踏み込み過ぎたか? とぼくは焦る。
伊賀先輩はプライドが高い。
プライドを傷つけたら怒ってしまう。
「そうかな」と彼女は首を傾げた。
直接的過ぎても大丈夫みたい。
「1回だけ役になりきってみて」
次の練習がうまくいくと、「さっきよりもよくなったよ。やっぱりセンスがあるよ」とぼくは言う。
本当に意識だけで良くなるなんて凄いと思う。
見ているだけの自分の役割をぼくは理解する。
3人の意識のチャンネルを合わせること。
その考えに辿り着いてからは、3人が何を考えているのか、考えるようになる。
こういうのは、きっとキャラクターを作る時に生かせるのかもしれない。
ぼくがバイトの時間になる。
まだ3人は練習するみたいだった。
部室から出ようとした時に腕を掴まれた。
宮崎いすずの細くて白い指で、ぼくの腕を掴んでいた。
「なに?」
「ネットに投稿したから」
「え?」
「だからネットに投稿したから」
ネットに投稿した。あの小説を。
彼女の才能が誰かに見つかるような気がした。
色んな人に読まれるべきだと思うのに、どうして彼女の才能が誰かに見つかるのがイヤなんだろう?
動物園のシロクマのようにソワソワした気持ちになる。
「そうか」
とぼくは言った。
3人は舞台の本番までには演技ができるようになっていた。
彼女達が上がった舞台は、本屋の上にある小さな舞台で、お客さんは40人ほどだった。
若手芸人が切磋琢磨するために作られた舞台。
客席に入る時には黒いカーテンをのれんのようにかき分ける。
するとパイプ椅子が並んでいた。
ぼくは端の席に座り、彼女達のことを見ていた。
若手芸人のネタが、全然頭に入って来なかった。
宮崎いすずがネットに投稿したって。
怖くて彼女が投稿しているサイトを開くことができなかった。
だけど頭の中でグルグルと回っている。
ぼくより先に宮崎いすずが作家になってしまったら?
関係ないじゃん。
だけど気になって気になって仕方がない。
佇む木のように舞台を眺めていた。
そして3人の出番になる。
それなりにウケていた。
爆笑というわけではない。正直に言うとややウケだった。
伊賀先輩は待っていたたゲームの発売日のように楽しそうにコントをしていた。お笑いを始めたのはお母さんを笑かすため、とか言っていたけど、お母さんのためじゃなくて伊賀先輩にとって真剣になれるのがお笑いなんだろう。
たまたまぼくが小説に出会ったように、伊賀先輩もたまたまお笑いに出会ってしまっただけなんだろう。
ぼく達はたまたま夢と出会ってしまっただけ。
だけど嫉妬したり、苦しんだり、成長できないことに焦ったりする。
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