第12話 おっぱい

 しばらくぼくは体調を崩していた。

 プロットを書いたり、キャラクターの設定を考えたり、本を読んだり、映画を見たり、部屋を壊れたミニ四駆のようにウロチョロ動き回ってみたり、瞑想してみたりしていると何日も寝るのを忘れていた。

 書いていない日が続くと羽が取れた鳥のような気持ちになる。

 物語を作らなくちゃいけないのに、自分が思いつかないせいで何も作れない。

 空を飛びたいのに、うまく羽ばたけない。羽ばたき方を忘れたのか、そもそも羽が無くなってしまったのかもわからなくて、丘からジャンプしたり、崖から飛び降りてみたりする。 

 急に体が重たくなったと思ったら動けなくなって3日ほど学校を休んだ。

 病気明けだから家では小説のことを考えずにベッドに入って眠ろう、っと思っていたのにパソコンの前に座った。

 アイフォンが鼻をすするように一度だけ鳴った。

『体調大丈夫ですか? バイトが休みの日を教えてください』と伊賀先輩からのラインが夜中に届いた。

『どうしたんですか?』とぼくは返事をする。

『約束忘れたの?』

『ごめんなさい。約束?』

『アナタの願いを叶えてあげるって約束』

 そんな約束したっけ?

『もしかして伊賀先輩って悪魔かなにかですか?』

 丸で構成された白い人間の怒ったスタンプが届く。

『願い事を1つ叶えるって約束してなかったっけ?』

『ランプの魔人ですか?』

『そうだけど』

『絶対に嘘じゃん』

『だから金木君の願いを1つ叶えてあげよう』

『ややウケだったのに?』

『芸人仲間からウケがよかったんだ』

 目がキラキラのスタンプが届く。

『よかったですね』

『今、一緒にコンビを組もうって誘われているんだ』

『やったー』

 ぼくは喜びを表現しているスタンプを送る。

『金木君の勝ちなんだ』

『ぼくは何もしてませんよ。伊賀先輩の実力です』

『金木君に何かしてあげたいんだよ』

『何をしてくれるんですか?』

『金木君がしたい事ならなんでも?』

『そんな事を言っていいんですか? ぼくは相当なスケベですよ?』

 OKの看板を持っているスタンプが届く。

 何がOKなんだろう?

 エッチな事をしてもいいのか?

 とにかくバイトが休みの日を調べてラインで送った。



 今日は部活を休んで伊賀先輩に指定された駅前で待ち合わせをした。

「学校で待ち合わせしたらよかったのに」

 とぼくが言う。

「金木君と2人で歩いていたら憎まれる可能性があるんだ」

「そんな事はないでしょう」

 とぼくが言う。

 小さな背。人懐っこい笑顔で見上げてくる。

 大きなおっぱいだけが彼女を大人の女性と認識させる。

「私が金木君と歩いていても誰にも憎まれないの?」

 いや、憎まれるかもしれない。

 少なくともうさぎには憎まれるだろう。

「気を使ってくれてありがとうございます」

 そう言うと伊賀先輩がぼくの横腹をつねる。

「痛い。何をするんですか?」

「いつか殺されるよ?」

「……」

「あの2人なんてバチバチなんだ」

「いすずとうさぎ?」

「そう」

「仲良く見えますけどね」とぼくが言う。

「金木君から見たらね。女の子って手と手を握り合っているように見せかけて、相手を引っ張っていたりするんだよ」

 ぼくには想像できない。

 2人が引っ張り合っている?

「ぼくは負け続けてるカッコ悪い男です。取り合うモノでもないし、そんな魅力もないと思いますが」

「夢中で何かをしている男の子が、女の子は好きなものなんだよ」

 と先輩は言った。

「君が書いている時の集中力は、もう鬼のようなんだ。喋りかけても返事もしないし、息をしているかも怪しいくらいなんだ」

「喋りかけても返事してないんですか? ソイツ、嫌な奴じゃないですか」

「みんなわかってるから大丈夫なんだ」

 と伊賀先輩が言った。

「それに君は優しいよ」

 それこそ先輩から見えているだけのぼくの姿だ。

 ただ自分が書く小説が面白くなるために行動しているだけだった。

「金木君は好きな人いるの?」

「……」

「答えるんだ」

 と伊賀先輩が言って、ぼくの脇腹をまたつねってくる。

「いないです」

「そうなんだ」

 歩くスピードが少し遅くなる。

 ぼくは間違った答えをしたらしい。

「伊賀先輩のこと好きですよ」

 彼女が振り返りニッコリと笑った。

「他の子にも言ってるの?」

「伊賀先輩だけです」

「私と付き合う?」

「伊賀先輩は魅力的な人です。面白い人だし、可愛いし、おっぱいも大きい。だけどぼくには使命があります。迷惑をかけます」

「迷惑になってもいいんだ」

「使命を果たすまでは誰かと付き合うとか考えられないです」

「……作家になったら付き合ってくれる?」

「その時に伊賀先輩の事が好きだったら」

「金木君は女たらしなんだ」

 女たらし? なんだそれ?

「ところで先輩、我々はどこに向かってるんですか?」

「私の家」

「えっ?」

「すごくスケベな願い事をするんだよね? だから家がいいと思ったんだけど……お母さんは働いていて遅いし、……だから誰もいないんだ」

 ぼくは伊賀先輩にスケベな願いをするのか?



 伊賀先輩の部屋は良い香りがした。

「お茶を持ってくるんだ」

 と伊賀先輩が言って部屋から出て行く。

 ベッドを背にして座る。

 辺りを見渡す。

 初めて女の子の部屋にあがった。

 白を基調とした机。

 本棚には数冊の少女漫画とお笑いのDVD。

 ベッドの上にはネコのキャラクターの人形が置かれている。

 彼女がお茶を持って戻って来る。

 勉強机にお盆を置き、お茶をぼくに手渡す。

「ありがとうございます」とぼくが言う。

 お茶を飲む。

 伊賀先輩がベッドに座った。

 お茶を飲むとお盆の上にコップを置く。

 ぼくは本棚に行く。DVDは漫才のナンバーワンを決める大会だった。

 少女漫画を手にとってペラペラと捲った。裸で絡むシーン。

 少女漫画って意外とエロいよな。

 背中をトントンと小さな手で叩かれる。

 振り返る。

「こっちに座るんだ」

 もう、あれだ、エロい妄想をして、立ち上がることができなくなっていて、四つん這いでベッドに這いずくばっていく。

 ぼくはベッドに座る。

「どんな事をしたい?」

 伊賀先輩に尋ねられる。

 小さな彼女の顔を見る。

 頬が赤く、目をそらして、布団をモゾモゾと摘んでいる。

 何にしよう? 

 セッ◯ス、って本当は言いたいけど、付き合ってもいない女の子に、そんな事は言えない。

 いや、本当は童貞だからセッ◯スって言っても何をどうしたらいいかわからない。

 しかもセッ◯スするには道順みたいなモノがあるような気がした。

 どんな道順かはわからない。

 今日1日限定の願い事。

 エッチなことで、ぼくが彼女にしたいこと。

「おっぱいを揉みたい」

 伊賀先輩の顔が日本の国旗の中心のように真っ赤になった。

 おっぱいを触ることができたら、おっぱいの触り心地の描写がリアルになる、とぼくは思った。


「ダメですか?」

「……いいんだ」

 ぼくは彼女の大きな胸に手を伸ばす。

 彼女は胸を揉まれないように、手で制する。

 やっぱり嫌なんじゃん。

 ぼくは手を引っ込める。

「変なお願いをしてごめんなさい。忘れてください」

 ぼくが言う。

 彼女が首を横に振る。

 伊賀先輩がクルッと反対を向いてぼくに背を向けた。

「後ろから触ってほしいんだ」

 彼女の背が、ぼくのお腹にくっ付く。

 胸に手を伸ばす。

 ブラウスの上から彼女の胸を触った。

 ブラジャーのワイヤーが硬い。

 柔らかさがわかりにくい。

 伊賀先輩の暖かい息が腕にかかる。

 ブラウスのボタンを外す。

 女子のブラウスのボタンは男子のブラウスと反対だから外しにくかった。

 彼女の手がぼくを制する。

「お願いを叶えてくれるんですよね?」

 彼女がポクリと頷く。

 ボタンが外れた隙間から白いブラジャーが見えた。

 ブラウスの中に手を入れた。

 ブラジャーの上から大きな膨らみを触った。

 さっきよりも感触がわかりやすくなった。だけど、まだまだわかりにくい。

 ブラジャーの下に手を入れた。

 パン生地のように柔らかい。

「うぅ、あぁ」

 スカートから生えた足がベッドの上を動く。

「くすぐったいんだ」と彼女が言った。

 もっと触りたい。

 このブラジャーが邪魔である。

 コイツさえなかったらストレスなく触れるのに。

「ブラジャーを外してください」

「ダメなんだ」

「どうして?」

「恥ずかしいんだ」

「願いを叶えてくれるって言ったじゃないですか? 嘘だったんですか?」

 とぼくが言う。


 ぼくは何でこんなに攻めているんだろうか?

 もしかしたらぼくというキャラクターは、そういうエチエチなことをする時は攻めることができるキャラクターなんだろうか? セッ○スをするのは相手を気持ち良くできるかわからないから不安だった。相手を楽しませることができるかどうかが不安だった。失望させるかもしれないことが不安だった。だけど、もしそういう場面になったらぼくというキャラクターは攻めに転じるのかもしれない。 

 もっと自分というキャラクターのことを知りたい。


「叶えている」

 と伊賀先輩が呟いた。

「ぼくは満足してません」

 とぼくが言う。

「うぅ」と伊賀先輩が困ったように声を漏らす。


「ただいま」

 と女性の声が玄関から聞こえた。母親が帰って来たらしい。

 ……。

「お終いなんだ」

 彼女はそう言って立ち上がり、ブラウスのボタンを締めていく。

 先輩は、ぼくを見て、微笑んだ。

 その表情が、すごく大人にも、少女にも見えた。

「この続きは、付き合ってくれたら、させてあげる」

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