第14話 皇子の療養休暇 ⑥護衛たち

 皇都にあるサリナス辺境伯の別邸。

 コッテージ風の白い大理石の母屋は、貴人の屋敷としてはこじんまりして華美さに欠けるが、きらびやか豪邸ばかりが並ぶ貴族街では、そのシンプルな美はかえって人々の目をいた。しかしながら、辺境伯の別邸が唯一無二と評される理由は、白亜の建物の前に広がる意匠を凝らしたその庭園にあった。


「すごい! 珍しい花がいっぱいだ。色合いも、まさに、芸術的!」


 裏口からパティオへ案内された若い騎士が、突如、目の前に開けた景色に圧倒され、ため息交じりに独り言ちた。


「いかにも。さらに、よく見られよ。この通り沿いに植えられた花々を。この長く続く花壇には常に12色の花々が咲いている。なぜか、わかるかな、お若いの?」


 彼の言葉を耳にしたらしい、髪に白いものが混じり始めた初老の騎士が、煌めく建物へ続く道の両側に伸びる花壇を指さして言った。


「12色?」


「手前から、銀、白、赤、橙、黄、黄緑、緑、青、藍、紫、黒、金色。その繰り返しが延々と続いている。何を表しているか、おわかりかな?」


「これって・・・あ、そうか」


 若い騎士は、花壇を眺めてしばし考えこんでいたが、ハッとしたように初老の騎士の方を見た。


「銀の月は一年の始まりの月、白の月は二つ目の月、赤の月は三つ目の月、橙の月は四つ目だ。つまり、あの花々はそれぞれ、月を表しているってことですか?」


「そうだ。常に咲き乱れる12色の花は12か月、めぐりゆく1年を表す。その先にあるクリスタルの温室、お茶会の会場だが、あれは光り輝く太陽の象徴。皇国の永遠の繁栄を表しているらしい」


「美しいだけでなくそんな意味まであるなんて。さすが皇国で1,2を争うお貴族様の別宅ですね。それにこの中庭パティオ。また違った趣がありますね。異国風で」


 壮大な庭園から目を離すと、自分の周辺、騎士たちでにぎわうパティオをじっくりと観察する。あちこちに配置された木彫りの鷲や大型の肉食獣らしき造形に、目を細めて、彼は顔全体で感嘆の意を表した。


 肩あたりで揃えられた赤みがかったはねっ毛ぎみの金髪。長めの前髪から覗く好奇心丸出しの瞳は新緑の色。

 従者にしては年も若いし、小柄に見える。身に纏った流行りのデザインの鎧帷子は、お世辞にも似合っているとは言い難く、いかにも田舎者感を強めている。


「そうだろう。そうだろう。ここの庭はどこもかしこも素晴らしい」


 初老の騎士は、相好を崩すと、行きかうメイドの一人を呼び止め、トレイから冷たい飲み物を一つとる。それから、珍し気にあちこちを眺め続けている若い騎士を差し招いた。


「貴殿、ここは初めてか?よそから来られたように見受けられるが」


 差し出されたグラスを遠慮なく受け取りながら、若い騎士は笑顔で答えた。


「わかりますか?実は、このような大都会に来たのも初めてで。噂通り、皇国の主都は素晴らしい。護衛の身でこのような場所で、こんなご相伴にあずかれるとは、思ってもいませんでした」


 従者用の待機場所が設けられたパティオには、テーブルがいくつも置かれ、その上には色とりどりの食べ物や飲み物が並べられており、すでに20人ほどの騎士たちが思い思いにもてなしを楽しんでいる。


「遠慮なく飲み、食べるがいい。辺境伯夫人は、もてなしも超一流だからな。アルコール類は残念ながら出されぬが」


 初老の騎士に勧められ、手近のテーブルから見たことがない菓子を一つ口に入れて、新参者は目を丸くした。


「さすが、皇都のお菓子だ。我が国の菓子より、はるかに高級な味がする」


「もしかして、貴殿はブーマ王国から来られた公爵令嬢の?」


「ええ、そうです。ビーシャス公爵令嬢の付き添いで来ました」


 あっさりと認めた相手に、初老の騎士は少し声を潜めた。


「で、どうなのかな?公爵令嬢は、実際に、皇子を追って来られたのか?」


「どういう意味です?」


「実は、噂があるのだ。あの、笑わない黒の皇子、アルフォンソ殿下がどうやらブーマ国で恋に落ちたらしいと。皇子のお怪我はそのご令嬢を助けようとした際の名誉の負傷だそうだ」


 素知らぬ顔で聞き耳を立てていたらしい周囲の騎士たちの動きが止まった。

 視線をさりげなく外しつつ会話に聞き入っている者。固唾を飲んでこちらをがん見している者。

 どうやら、ブーマ国からの令嬢の訪問は、護衛騎士の間で、それなりに注目の的になっているようだ。


「へぇ。人の口に戸は立てられないものですね」


「で、公爵令嬢は、まこと、あの皇子の運命の相手だったのか?」


「運命の相手?」


「ああ。確か、青の月の最期の日生まれの今年16歳になる乙女だったか?皇子がその条件に当てはまる女性を探して旅をしてきたのは有名な話だからな。うちのお嬢様が嘆いておられたよ。なぜ、自分がその日に生まれなかったのかと」


「俺も知りたいぞ。本当のところ、どうなんだ?」


 我慢できなくなったらしい騎士がもう一人、興味津々に話に加わった。他の騎士たちも、そうだとばかりに頷きあっている。


「昨日、御令嬢は宮殿へ殿下の見舞いに来られたよな?隠しても無駄だぞ。宮殿の衛兵に知り合いがいるからな」


「お二人の仲については、俺の、私の口からは何とも・・・。確かにエレノア様はアルフォンソ殿下のお見舞いに行かれましたが」


 辺境伯夫人が主催する仮面茶話会は男子禁制のお茶会だ。

 招待客は、夫人に選ばれたご令嬢たち。本会場に足を踏み入れることができるのは、当のご令嬢とその侍女一人。接客する召使いもすべて女性と徹底している。


 温室に通じる道の傍らにあり、その周囲を見渡すことができるこのパティオで、護衛騎士たちは、茶話会の間、警戒にあたりながら待機することになっている。


 別邸とはいえ、警備は万端。実際に護衛が必要となる可能性はごくわずか、というか実質的にはゼロだろう。護衛と言っても形だけだ。控えている騎士の多くはのんびりと庭園を鑑賞しながら、供されるお茶とお菓子に舌鼓を打つことになる。


 時には、うわさ話に興じることもある。今のように。


「エレノア様とおっしゃるのか。先ほど、遠目にちらりとお見かけしたが、仮面をつけていても隠せないくらいの美女であったな。すらりとした姿勢が美しい。なんとも優雅な足取りであった」


 やはり初老だが、金や銀の飾りの入りの小洒落こじゃれた簡易鎧を身に纏った騎士が、話に加わる。


「ビーシャス公爵家と言えば、ブーマ王家に連なる名家。高貴な血筋はおのずと現れるものよ。あの方なら、あの、皇子殿下が見初められるのも納得できる」


 ブーマの騎士は一瞬なんとも言えない顔をして話し手を見つめた。手にした齧りかけの菓子がポトリと落ちる。


「何を驚いておる?私くらいの色好みなら、仮面越しでも美女は美女とわかるものだ」


「ほう。オーガス、歴戦の色男と言われたお主がそこまで断言するとは。貴殿の姫君は、かなりの美姫のようだな、お若いの」


 あいまいな笑みを浮かべると、若い騎士はお茶を一口飲んだ。


「過大なるお褒めの言葉、ありがとうございます。我があるじには後ほどお伝えしておきます」


 すましてそう礼を言うと、山と盛られた揚げ物に狙いを定め、かぶりつく。


「お、これは・・・また。なかなか。皇都は本当にいろいろな名物があるんですね。食べ応えがあるのに、意外とあっさりした後口で癖になる」


「それは、皇都ではなく、山岳地方の名物の揚げ饅頭だ」


 向かいで黙ってお茶を啜っていた、ひときわ長身の騎士が穏やかな口調で訂正した。

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