第15話 皇子の療養休暇 ⑦山岳の民

 年の頃は、30を幾らか過ぎたくらいだろうか。

 短く切られた茶髪に深い青ダークブルーの瞳。美男子ではないが、それなりに人を惹きつける整った顔立ちだ。何よりも年に似合わぬ落ち着いた雰囲気がある。筋骨隆々という感じではないが、かなり鍛えた体つきなのは、略式の鎧の上からでも見て取れた。


「へぇ、山岳地帯の。初めて食べましたが、これはこれで美味しい」


 若い騎士の賞賛に、その騎士は嬉しそうに微笑んだ。


「それなりに旨いだろう?都の菓子の多くは手が込んでいて繊細な味だが、多少、食べ応えにかける。まあ、美味なのは認めるが」


「初顔だな。どこの者だ?」


 オーガスがじろりと男を睨んだ。


「これは失礼した。イ・サンスと申す。この度、奥方様の護衛役として新たに任じられ、馳せ参じた。茶話会での護衛と護衛騎士の方々の接客の責任者を兼ねている。何か至らぬことがあったら、遠慮なく言ってほしい」


 耳に心地よいバリトン」は思いのほか周囲に響いた。


 イ・サンス。

 響き的に明らかに山岳民族出身者の名前だ。あまり情報通とは言えない者でもそれくらいはわかる。


 和やかに歓談していた騎士の何人かが、明らかに下げずむような視線を男に向けた。


「そうだな。文句と言えば、このようなみやびな場所に、無教養な蛮族の菓子などが似つかわしくないということかな。それと山岳出のやからに、奥方様の護衛だと名乗らせていることだ」 


「山岳の民は別に蛮族ではないぞ。彼らなりの文化や伝統があり、教義がある」


 偏見丸出しの冷笑に、イ・サンスと名乗った騎士は、気を悪くした風でもなく淡々と言った。


「昔は、お互いに対する無理解と偏見のせいで争いもあったが、今では、我々はみな等しく皇王に忠誠を誓った皇国の民だ。そのように我らを見下すのは止めてくれないか。今や、辺境伯の領地では、どこの出自であっても、同じ領民として仲良く助け合って暮らしている。貴殿も、そろそろ、偏見を改めるべきではないか?」


「お前たち蛮族が『皇国の民』を名乗るとは、片腹痛いわ。あの軍神のごとき辺境伯様が、何故、かつての敵、蛮族らを受け入れておられるのか、理解に苦しむ」


「いい加減にしろ、オーガス。すまぬな、イ・サンス殿。こいつの非礼を許してやってくれ。こいつは、ただ一人の兄を、昔、山岳民との戦いで亡くしておるのだ」


「黙れ、ラス!謝る必要などない。気分がすぐれぬので、先に帰る」


 オーガスはグラスをテーブルに叩きつけるように置いた。


「おい、お嬢様の護衛はどうするんだ?」


「すぐに別の者をよこす」


 さっと背を向けてパティオから立ち去る騎士オーガスを、他の護衛騎士たちの視線が追いかけた。


「肉親を亡くされたとは。知らなかった・・・」


 山岳民出の騎士が、悲しそうに大きな肩を落としてぽつりとつぶやいた。


「貴殿のせいではないさ。とっくの昔に終わったことだ」


 足音も荒く立ち去る後ろ姿を見送っていたラスが、その肩をぽんと叩いた。


「ほら、それより、見てみろ。この屋敷一番の華がいらしたようだぞ」


 元皇国第一王女で現辺境伯夫人アマリアーナ・エイゼル・サリナス。


 侍女たちを引き連れて会場へ続く小道をやってくる彼女の姿は遠目からでも、見るものすべての視線を奪うほど美しかった。


 風になびくストロベリーブロンド。形の良い額にくっきりとした美しい、気ぶるような淡青色ペールブルーの大きな瞳。うっすらと紅を刺した唇が煽情的だ。水晶に青が散りばめられたネックレスがその形の良いうなじを彩り、同色のデイドレスが、節度を保ちつつも、女性らしい魅惑的な体のラインを際立たせている。


 アマリアーナは、パティオと小道が接する場所まで来ると、集まった護衛騎士たちににっこりと笑みを向けて、ねぎらいの言葉を掛けた。それから、新しく任ぜられた、自らの護衛騎士に視線を向けた。


「くれぐれもよろしく頼むわ、イ・サンスとやら」


 イ・サンスは頬を赤くして、女主人に深々と頭を下げた。

 アマリアーナは、続けて何か言おうとしたように見えたが、結局、何も言わずに視線を逸らした。


*  *  *  *  *


 辺境伯夫人の後ろ姿が小道の先、温室の入り口の方へ消え去ってしばらくすると、再び、パティオにざわめきが戻る。

 女主人との挨拶が済んだせいか、場を外す者もいるようだ。茶話会が終わる前には戻ってくるのだろうが。


「今日は青のフリル付きのデイドレスに真っ青なサファイアが3個。前回の可憐なピンクのドレスにルビーも素敵だったが、今回もなかなかの目の保養だったな。その前は確かシックなデザインの黄色のドレスだったか。さすが、生粋の王族の姫君。どのような衣装も着こなされる方だ」


 初老の騎士ラスがほぉっとため息を吐いて、夢見心地に呟いた。


「青に、赤に、黄色・・・。アクセサリーも毎回ドレスに合わせてられるのですか?」


 ブーマから来た若い騎士の質問に、ラスは考え考え、答える。


「そうだ。確か、赤いドレスの時は、ルビーが4つのネックレスで、黄色の時はトパーズが5つだったかな」


「黄色のドレスで5つの輝石、赤で4つの輝石、で、今日は青で3つ・・・」


 ブーマの騎士は、口の中で繰り返しながら、何やら思案していたが、急に大きく頷くと、一人でガッツポーズをとった。


「ありがとうございます。なんか、答えが分かったみたいです。ラス殿の記憶力のおかげで」


 唐突に感謝され、ラスが怪訝な顔をする。


「記憶力はいい方ではあるが。いや、まあ、孫娘が夫人のファンで、毎回聞かれるのでな」


「思ったより早く、本物の休暇が取れそうだ」


 ニカっと笑うと、騎士は、周囲にちらりと目をやってから、懐に忍ばせていた通信用魔道具とりをこっそりと取り出した。 

 




 


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