第6話 シャルの手作りの贈り物 ⑥狩り
音を発てないよう細心の注意を払って、10分以上、そのまま、走り続けただろうか。
見かけ以上に柔らかな毛に顔をうずめて息を殺していたシャルは、唐突にケリーが停止したのを感じて、顔を上げた。
寒い。とてつもなく寒い。頬に触れる大気は凍てつくようだ。先ほど感じたあの独特の生臭い臭いがあたり一面に漂っている。
先頭を走っていたクレインが立ち止まっていた。
身じろぎもせず、前方を見据える鋭い眼光。息ひとつ切らさずに佇むその姿は、狩りに赴く直前の大型の肉食獣を思わせる。
黙したまま、クレインが振り向いた。
それを合図に、後衛を務める二人の術師が、低く短い詠唱で、一瞬のうちに
ベルウエザーの一団の背後とメスの周囲の2か所に。
最初の
可能な限り生き物の生態系を乱さないのが、森の守護者たるベルウエザーの不文律。だから、彼らが狩るのは、オスだけだ。それも、一番大きなオス以外の。
彼らが介入しようとしまいと、オスたちは最後の一匹になるまで死闘を繰り広げる。たとえ、その選別が人間によって行われても、結果的には、その生態系に大した影響はない。
自分たちが囲まれているのをようやく察知した
「狩りを始めろ!」
クレインが背中に担いだ大剣を左手で器用に鞘から抜き放つ。
それぞれの得物を手にして、騎士たちが雄叫びを上げた。
* * * * *
獲物に襲いかかる騎士たちの背を見送りながら、シャルはケリーの背から降り立った。
そのままケリーに背を預けると、教えられた手順で70センチくらいの金属の『矢』を取り出した。左手で『
大切なのは力を入れ過ぎないこと。それから、落ち着いて獲物の頭部を狙うこと。
シャルは、目を瞑って、練習で散々言われた注意事項を心の中で繰り返す。
決して人がいるところには射ない。あせらず、じっくりと狙いをつける。
深呼吸して目を開けると、シャルは、騎士たちからやや離れたところにいる大きめのオスに狙いを定め、『矢』を放った。
* * * * *
数時間後、百匹近くいたオスたちは、予定通り、一番大きな一匹を除いて、全て打ち取られていた。
生き残った二メートルはありそうなオスは、クレインとやりあった末、その大剣で死なない程度にタコ殴りにされ、すっかりおとなしくなったところを鎖でぐるぐる巻きにされて転がっている。
この、魚に似た魔物にどれくらい自意識があるのかは知らないが、この体験がこの先、トラウマにならなければいいな、とちょっと思うシャルであった。
術師たちが、うず高く積まれている魔物の身体を、浄化魔法で清めつつ、一匹ずつ、空間魔法で作った
シャルは、自分が仕留めた5匹の尾にテープを結ぶつもりだったのだが、その必要はないと言われてしまった。他の魔魚は、きれいに頭と胴体のつなぎ目が断ち切られているのに、その5匹だけが、頭部を粉々に破壊されていたから。
クレイン特製の『矢』はシャルの力で扱っても持ちこたえたが、魔魚の頭にはその衝撃は強すぎたらしい。ま、魔石が在る胴体は無事だったから、自分としてはよしとする。
けっこう大きな魔魚が仕留められたから、それなりに立派な魔石が取れるはずだ。初めての狩りにしてはなかなかのものだ、とクレインをはじめ、騎士たちも誉めてくれた。
いつも思うのだが、手加減と言うのは本当に難しい。人に当てないように十分に気はつけたつもりだが、誰にも『矢』が掠ったりしなくてよかった、とシャルは密かに胸を撫でおろしていた。
今回、同行した術師のうち一人が治癒師でもあるのに、たぶん、他意はない。騎士たちが狩りの間も時折、こちらを見ている気がしたのも気のせいだ。きっと。
緊張を解いた騎士たちは、剣やレイピア、槍など、それぞれの武器の刃こぼれをチェックしたり、しみついた汚れや体液を拭い取ったりするのに余念がない。
尖った口吻は武具に加工することができるので、その部分だけ切り離して、強化布で包んで持ち帰るのだ。で、残りの部分は、乾燥させて、ケリーのおやつにする。
狩った獲物は全て有効活用。それが、自分たちが奪った命へのせめてもの敬意であるというのが、彼らベルウエザーの信条の一つだ。
「これから障壁の破損部分を調べに行く。シャル、一緒に来て手伝ってくれるか?」
5本の大切な『矢』を回収し、一息ついていたシャルに、クレインが声をかけた。
「もちろん、お供します」
二つ返事で答えると、シャルは上機嫌で、父とともに人里と森の境界部分へ向かった。
初めてあつらえてもらった
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