第5話 シャルの手作りの贈り物 ⑤追跡
出迎えに来てくれた村長の案内で、のどかな田園地帯を突っ切る道を森との境界へ向かって進みだして30分も経った頃だろうか。
前方から急に吹きつけたみぞれ混じりの冷気。それに混じる魚の匂いに似た生臭さ。
村長と今年の作物の出来高予想をしていたクレインが、ピタリと口をつぐんだ。
後ろを振り返り、右掌を掲げるジェスチャーを一つ。
後に続く10数人の小隊が動きを止める。
「あれがそうか?」
「そうです。5日ほど前から、ずっと」
小声で父が尋ね、同じくらい小さな声で村長が答えるのをシャルの耳は捉えた。
よくよく目を凝らすと、はるか先に長い青のリボンがゆらゆらと宙をひらめいているのが見えた。そしてその先には、淡い水色のハンカチのようなものも幾つか。
『
王都での事件のせいで、ここ1か月ほどの内に、この特別誂えの
ちなみに、今回、シャルは、防御の術が織り込まれた乗馬服のようなズボン姿で、同様の措置を受けた革手袋をはめている。長い銀髪も邪魔にならないようにしっかりと編み込みにしている。
何度か瞬きすると、眼鏡なしの本来の視力で、父たちの視線を追ってはるか前方を改めて眺めてみる。
なるほど。確かに巨大な魚に見える。立派な尾鰭や胸鰭やしなやかな尾。流線形のフォルムは、大きな魚そのものと言ってよさそうだ。
長く突き出た口がまるで槍のようだし、頭部の中心に大きな角のような突起まで生えているけど。そもそも、空を飛び回る魚類などありえないか・・・。
その巨大な青い魚のような生き物が数十匹いや百匹近くも数珠つなぎに連なり、煌めく青いリボンが空中で蠢いているように見えていたのだ。そのリボンが目指す先には、遥かに淡い色合いの、やや丸みを帯びた『魚』が数匹泳いでいる。と言うか、空中をひらりひらりと舞うように移動していく。こちらは普通に魚っぽい口元で角もない。
「あの青く光っているのがオスの群れで、その先の白っぽいのがメスだ。
かなり熱心に巨大魔魚たちを眺めていたらしい。いつの間にかクレインがすぐそばに立っていた。
「戦うの?あんなに多くの魚が?」
「ああ。あそこにいるのは、脱落せずに付いてこれたオスの群れだ。たぶん、元の十分の一くらいじゃないかなあ。村長の話では、5日前から飛んでるそうだから、そろそろ戦いを始める頃合いだ。まあ、あんな大きな群れを見たのは、俺も初めてだが」
シャルの問に、クレインが答えた。
その間にも、背中に担いでいた大きな荷物を下ろし、中からいくつか金属製のお手製のパーツを取り出す。組み立てながら、興味津々なシャルのために説明を続けてやる。
「奴らは寒さに強く、他の魔物に先んじて冬の終わりに繁殖期を迎える。オスたちは、メスが動きを止めた地点で、強い冷気をぶつけ合いながら、その長い口吻を使って、最後の一匹になるまで殺しあう。どんなに激しく戦っても、森の中でやりあってくれるのなら、特に問題はないんだ。ここの植物は再生能力が高いからな。戦いの際のすさまじい騒音は、ま、あんまり心地よいもんじゃないが」
「こんな人里近くで戦われたら、大変なことになる?畑とか?果樹園とか?」
「ああ。だから、障壁のこちら側に現れた群れだけは、狩ることが認められている。今回のように」
クレインは、組み立て終えた道具を手の中で転がしてみて、素早く最終チェックをしてから、シャルに手渡した。
「ほら、俺の自信作。最終調整は終わっている。すぐに使えるはずだ」
シャルは今回の自分用に作ってもらった狩猟具をしげしげと眺めた。
それは、金属でできた
出発前日まで練習していたものより小型化され、いくつか改善されているようだ。長く伸びた胴体部の表面には丸みを帯びた大きめの溝が新たに刻まれ、その下の部分にはシャルの手に合わせた
シャルは笑顔で礼を言うと、
「どうだ?重くはないか?」
「全然。ありがとう、父上」
「これに、専用の『矢』が入っている。腰に結ぶぞ」
クレインは右肩に掛けていた筒を下ろすと、その紐を娘の細いウエストにベルトのようにしっかりと巻き付けて結わえてやった。
「この右上の部分を押すと、この穴から専用の『矢』が一本出てくる」
クレインは実際に操作して、まるで短めのレイピアの剣身の
「使い方は変わらない。中には、10本の『矢』がはいっているが、無駄にはしないように。決して騎士団より前には出るな。いいな?ケリー、狩場まで、隠密行動が必要だ。シャルを乗せてやってくれ。シャルの守りもお前に任せた」
おとなしくお座りをして二人を見ていた巨大な犬に似た
クレインは、ケリーの応えに満足したのか、今度は、部下たちの方に向き直った。
「ここからは、音を発てるな。奴らは視力はよくないが、音には過敏に反応する。できるだけ早く、だが静かに進め。100メートルくらいまで傍に近づいたら、まずは、逃さぬよう、術師が結界を張れ。残すオス、一番大きいヤツの扱いは俺に任せろ。何か質問は?」
口を開く者はいなかった。皆、慣れたもので、装備の最終チェックもすでに済ませている。
「合図したら、狩りの開始だ。いいな」
原則的に、魔物狩りには馬は使わない。魔物の気配に馬がおびえて使いものにならない惧れがあるし、魔物の多くは聴覚が鋭いので、馬を使えば、まず、感づかれてしまう。狩人たちは、己の足で静かに移動するしかない。
魔物狩りのエキスパートであるベルウエザーの騎士たちは、こういう体力勝負の荒事に慣れている。が、いくら元黒竜で現世でもバカ力だとしても、(一応)ご令嬢であるシャルには無理だ。だからこそ、
ケリーがシャルのために、2メートル近い巨体を伏せた。
シャルは、
ケリーがシャルを背に音もなく立ち上がる。
クレインが左手を前方に大きく振りかぶった。
固唾を飲んで見つめている村長を残して、彼らは足音を殺しつつも、かなりのスピードで移動し始めた。
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