第4話 シャルの手作りの贈り物 ④魔魚

 ベルウエザー領の北方に位置する平原地帯。

 そこには多くの農地が広がり、寒冷地でも採れる葉野菜、玉ねぎやイモ類などの栽培が盛んである。

 そのさらに北側にあるのは、広大な原初の森林。そこには、多くの野生動物が生息する。魔物と呼ばれる、闇属性をも合わせ持つ生き物も含めて。


 農地と森の境に張り巡らされた巨大な障壁。障壁を築くことで、はるか昔から、この地には、人と獣がお互いの領域を侵さず生きられるよう、できる限りの配慮がなされてきたのだ。


 しかしながら、時には予期せぬやっかいな侵入者が人里に現れることがある。そのような場合、原則的に、領民は領主に助けを求める。ベルウエザー一族は代々、森の生き物たちの管理をしつつ、人々の生活を守るという役割を果たしてきたのである。


 そして、ここ十年ほど、毎年冬の終わりになると発生するのが、この巨大魔魚ギガントバラクーダの群れの越境だ。


 専門家によると、ここ十数年続く異常気象のせいか、どうやらこの魔物のオスの数が激増しているらしい。こちらまでやってくる個体数が年々、増加傾向にあるのは確かだ。繁殖期で気が荒くなった彼らにとっては、人間の作った障壁の一部を破壊することは、たやすくはなくても十分可能なのだ。


 今年は、昨年以上の大きな群れが現れ、作物に被害をもたらしているとの報告が、先日あったばかりであった。


*  *  *  *  *

 

 巨大魔魚ギガントバラクーダは、ベルウエザーの北部に広がる森にのみ生息する固有種で魚によく似た雑食性の魔物だ。ふだんは森の中にある巨大な湖で暮らしているのだが、繁殖期、つまり冬の終わりになると、10~20匹の群れを作り、森中を飛びながら移動する。そう。彼らは、その大きく強靭な胸びれと背びれを高速で動かし、しなやかな尾鰭で方向転換しながら、空中を飛び回るのだ。鳥類顔負けの速さで。地上から5メートルくらいの高さまでは余裕で。


 彼らは魔物としては小柄な方だと言える。体の大きさは全長1メートルから1メートル50センチほど。硬いうろこに覆われた肉質は脂ののりきった白身魚といったところか。料理法も多く、たいそう美味である。鱗や皮はよい研磨剤となる。魔物である以上、すべての個体が、心臓のあるべき場所に、それなりの大きさの水属性の魔石を持っている。狩りの対象としては、かなり旨味のある獲物と言えよう。


 メスは、飛び回る以外、冷気を放つだけなので、直接的には、さほど危ない存在ではない。だが、オスの印である尖った長い口吻は、鉱石並みに硬く、故意でなくても生き物に刺されば立派な凶器になる。


 人里に下りれば、人間を襲う習性はなくても、地元民にとっては、十分な脅威にはなるのだ。少なくとも、オスの群れは。

 また、オスもメスもともに冷気を発するので、農家にとっては歓迎できない魔物である。


 それなりの攻撃力がある魔物なので、素人が生半可なやり方では駆除するのは難しいし、危険だ。

 故に、毎年、この時期になると、領主一族の誰かが小規模な編成部隊を率いて、北部まで『狩り』に出かけるのが習わしになっていた。

 

 クレインが、シャル、そしてその『愛犬ケリー』を伴って、10数人の配下とともに巨大魔魚ギガントバラクーダ狩りに出かけたのは、厨房がシャルのクッキング事件で壊滅的な打撃を受けた日から3日後のことだった。


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