第7話 シャルの手作りの贈り物 ⑦障壁

「あれだな」


 父子でたわいないおしゃべりをしながら障壁沿いに歩いていると、クレインが壁の上方を指さした。


 森をぐるりと囲むようにそびえたつ銀色の壁。その地面から4メートルほどの高さの一部が崩れ落ち、50センチ四方くらいの穴が開いているのが見てとれた。


 クレインは背負った袋を下ろすと、先端に重りの付いたザイルと半径20センチくらいの丸い銀色の石板のようなものを一つ取り出した。


 この旅のもう一つの目的。それは、巨大魔魚に破られた障壁の補修作業だ。まだまだ元気が有り余っていたクレインは、他の者が狩りの後始末をしたり、休憩したりしている間に、さっさと済ませてしまおうと思ったわけである。

 ちょうど、シャルもいることだし。


 クレインは魔力こそもたないが、案外と繊細な修理作業は得意だった。


 石板をその場にとりあえず置くと、綱を手にして、穴の真下あたりに立つ。投げ縄の要領で数回ぐるぐる頭上で振り回してから、縄を穴に向かって勢いよく放り投げた。狙いたがわず重りが穴に引っかかったのを、ぐいっと引いて確かめる。それから、シャルにそこに待機しているように伝えると、壁に足をかけた。


「大丈夫そうだな」


 次の瞬間には、その巨体は、綱を頼りにするすると壁をよじ登っていた。あっという間に、件の穴のところまでたどり着き、穴を覗き込むと、内部に広がる森の様子を観察する。


「他の群れは近くにいないな」


 独り言ちると、興味深そうに見上げている愛娘と視線が合った。


「シャル、そこの補修具を取ってくれ!」


「補修具?」


「あそこ、袋の横にある丸いやつだ」


 シャルは、枯草の上に無造作に転がっている丸い石板状の魔道具を手に取った。


「父上、これのこと?」


 シャルが手にしたものを見て、クレインは頷いた。


「こっちに投げてくれ」


 クレインは、至極当然な様子で、シャルに頼む。


 今回持参した障壁補修用の魔道具は、大きさこそ大したものではないが、決して軽いものではない。遠征中に他の団員に持たせるのが躊躇われるくらいには。案外と部下思いのクレインは、だからこそ、自らが運んできたわけだが・・・


「じゃ、投げます」


 シャルは、魔道具それを、右手でひょいっと掴み、父親に向かって事も無げにポイっと投げた。


 危なげなく飛んできたそれを、クレインは難なく左手で受け止める。

 右手で縄を掴んだまま、揺らぎもせずに。


 驚くべきことに、怪力な点では、実に似た者同士の親子なのだ。見るからにマッチョな父と一見儚げな娘は。


 いや、実のところ、怪力さで言えば、おそらく娘の方が上だろう、とクレインは知っている。本人が、人間離れした怪力を隠したがっていることも、感じているから、あえて口にはしない。まあ、家族はもちろん、ベルウエザー騎士団の中では、いわば公然の秘密だが。

 だから、こんなふうに、力仕事を手伝ってもらうのは、二人きりの時だけに心がけている。誰にも見られない限り、シャルは、別に嫌がるわけではないので。


*  *  *  *  *


「助かるぜ、お前がいてくれると」


「いえ、これくらい、どうってことありませんし」


「いや、こんなこと、頼めるのはシャル、お前くらいだ」


 父に返事を返しながら、力仕事を頼まれる令嬢ってどうだろう?あまりいないだろうな、とシャルは思う。

 そりゃ、役に立てるのは、なんであれ、嬉しいけど。

 ふつう人は、どんなに役に立っても、バカ力を令嬢の優れた個性とは考えない。家族以外で、そう言ってくれたのは、アルフォンソ皇子が初めてだった。


 効率的で助かるな、と笑う父に、悪気は全くない。何といっても、母の見かけによらぬ強さに惚れた父だ。

 つくづく思う。自分がベルウエザーに生まれたのは幸運だったと。たとえ、娘が令嬢らしくなくても、一般常識から多少外れていても、ベルウエザー一族なら、全く気にしないから。


 なぜ、こんなに見かけと違って怪力なのか。

 シャル自身、他にもちょっと人と違うと思っていたところも含めて、多少、道理がわかる年齢になってからは、それなりに悩んできたわけだが・・・


 ひと月ほど前の事件で、その理由が判明した。どうやら自分の前世が黒竜だったためだという思いがけない理由が。


 伝説の『銀の聖女』の生まれ変わりである、帝国のアルフォンソ第二皇子。黒竜ゾーンの転生体を求めて自ら転生を繰り返してきた運命の人。

 彼は、本当に、喜んでくれるだろうか?自分が狩った魔物の魔石で作った、手作り武具を贈ったら?


 シャルは、『笑わない黒の皇子』と世間で評されている皇子の美貌を思い浮かべて、一人顔を赤くした。


*  *  *  *  *


 娘が一人愛する皇子に思いを馳せている間も、クレインは壁に張り付いてせっせと作業を進めていた。


 穴の周囲を軽くたたいて、強度を調べる。それから、穴のすぐ横の一点に、石板型の修復用魔道具を押し付け、円の中心にあるスイッチを押した。

 微かな音とともに魔道具が起動し、見る見る広がった石板が穴を覆い塗りつぶしていく。


 シャルがいると、こういう時、助かるな。

 壁から降りようとしたその時、耳をつんざくようなシャルの悲鳴が聞こえた。



*  *  *  *  *














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