四組のカップルで非合法に花火大会を堪能する

浅賀ソルト

四組のカップルで非合法に花火大会を堪能する

穴が開いてて軽量化されている金属製の長椅子を持参して俺達は隅田川花火大会に向かった。

女子は全員浴衣を着ていたが男子は俺も含めて普段着のままだ。

暑いので浴衣ですら暑いというのもあるし、別に女子も男子の浴衣にあまり期待してないというのもある。

女子の浴衣姿はいいもんだし、エロいと思うが、別に男の浴衣がかっこいいとは思わない。

まあこれは俺の考えであって多数決を取りたいわけじゃない。

隅田川花火大会は開始時間に近くなるととんでもなく混雑する。誰が何かしていても割とどうでもよくなる。

俺達は慣れたものだ。

このあたりのビルは花火大会ではかなり厳重に入口が閉鎖されるが、俺は長椅子を使って二階のベランダに取り付くと一階に降りて裏口から仲間を取り入れた。全員が入るとすぐに鍵をかけ直す。はじめの頃はおすそわけってことで開けっぱなしにしていたんだけど、そこで侵入してくる人数がハンパないというかゾンビなのでそういうのはやめた。

そのときは鍵のかけ忘れってことでスルーされたけど下手したら捕まるかもしれなかった。

そこから屋上に上がって花火へと洒落込む。普段がどうかは知らないが、このあたりのビルは中の人のためにこの日は屋上が解放されるのが普通だ。

俺達八人が屋上に出ると、そこにいた三十人くらいのうちの一部がこちらを見た。

これも特殊な事情だが、ビルの関係者の関係者の関係者くらいがこの日は入り込むので、そもそも顔見知りが少ないことになる。そうすると誰だとこっちを見る人も少ないし、知らない人だから見たところで何か強く言えるわけでもない。

俺達の雰囲気は関係者とは全然見えないだろうが、それでも中に入って堂々としていればそれっぽく見える。

長椅子を置いて四人が座る。残り四人はレジャーシートだ。

一人がクーラーボックスを持ってきてて、そこからビールを出して全員に配った。

あとは始まるのを待つばかりだ。俺はビールを飲みながら彼女の安希あきの体をなでて、スマホを見たりツマミを食ったりした。

屋上には俺達のあとにも人が来て、それぞれが自分の場所を確保していった。

花火が始まった。

それからすぐに、かなりいかつい体型の男がこちらに近づいてきた。ラグビーとか柔道とかそんな感じだ。

どーんという花火の音の中でも聞こえる太い腹に響く声で「関係ない奴は出ていけ。今すぐだ」と言ってきた。

「あーん」

男は何も言わなかった。

「なんだてめえ」

「聞こえなかったか? 今すぐ出ていくんだ。十秒以内に立ち上がらなかったら強制的に排除する」

そして男は数を数え始めた。いーち。にー。

「何言ってやがる。俺は出ていかねえ。いますぐ振り返ってそっちに戻りな」

男は数を止めて座っている俺の上着を掴むと、一気に引っ張った。

俺もぐっと踏ん張った。俺の体重がいくつあると思ってるんだ。

しかし男は俺のパンツの腰のあたりを掴むとすごい力で一気に引っ張った。

「うおっ」

そのままぐっと引っ張られて、抵抗もできずに屋上の出入口のところまで引っ張られた。こっちが踏ん張ろうとすると腰を掴んだ力を方向をぐっと変えてきて、なんだかまったく抵抗できなかった。

「おい、くそ。離せ」

階段まで来たところでその男も力がゆるんだ。そんな力をいつまでも出せるわけない。

おっとと抵抗したが、合気道か何かなのかもしれないが完全にいなされた。

そして階段と踊り場が本当に目の前にあった。

「おい、マジか」

男は俺を階段に放り出した。ぐだぐだぐだっと俺は転げ落ちた。アドレナリンで痛みはあまりなかったが、擦傷すりきずのずきずきする痛みはあちこちにあった。

踊り場で立ち上がると男は階段の上にきっちり立っていた。

あちこちに侵入したことはこれまでもあった。こんなことは初めてだ。

誰の知り合いですかとかどこから来たんですかという質問には、あー、しっしっと言ってやれば済む。不法侵入ですとか今すぐ出ていけといった『言葉』にはうるせえとかやれるもんならやってみろで済む。警察を呼ぶと言ってくる場合がある。

そしてこのときは俺がそれを言った。「傷害だぞ。警察を呼ぶ」

この混雑では警察はすぐには来ない。言われても俺たちは無視する。そしてその男も無視した。

つまり状況は簡単だ。今のこの時間に法律は存在しない。殺人をしても捕まらない。

俺は拳を握った。

階段の上の男も拳を握った。

花火は連続で打ち上がっていて、俺は拳を下ろした。

階段を下りていく。

いつのまにか来ていた安希が、「え、ちょっとしんちゃん」と声をかけてきた。

俺は何も言わずに下りていった。

殺人をしても捕まらないと思ったが、向こうにもその覚悟があるとは思わなかった。

構えただけでこっちの負けで、ちくしょーだった。

くそっ。ちくしょう。

どこかのタイミングで闇討ちするしかねえ。

安希が一緒に階段を下りてきたが、俺の怒りを察して何も言ってこなかった。

俺はそのままビルの一階まで下り、人混みでごったがえしている上にビルの影で何も見えない場所に出た。スマホを出して、ビルの前にいるとみんなに連絡する。

「えー、どうすんの? しんちゃん。花火は始まったばかりだよー」

「あー、別のビルに行くしかないな。あそこならもっと高いんじゃないか?」俺は適当にそのへんのビルを指した。

「そうだねー」

「くそっ」

「じゃあみんなも呼ぶー」

花火は上がり続けた。まわりのビルがそのたびに明るくなった。音がどーんと響いてまわりの人間がわーと息を飲んだ。

長椅子にクーラーボックスやレジャーシートの片付けなどをしたのでみんなが通りに出てきたのは三十分後だった。

俺はみんなを連れて次のビルに向かったが、途中で、もっと川沿いの人がたくさんいる一等地の方がいいんじゃないかと思った。

「いいこと考えた。ちょっと待ってろ」

「ああ」

俺は仲間から長椅子を受け取ると、その辺でレジャーシートを敷いて盛り上がっている一団を見つけた。男女十人くらいのサラリーマンっぽい集団だ。

「今すぐここから移動しろ。十秒数える」俺は言った。

「え?」花火の中でもちゃんと聞こえたようだ。

「移動しろ。今すぐだ」

「え、ええ?」

いーち。にー。さーん。

サラリーマンたちは突然荷物を片付け始めた。すぐにこの場所が空くだろう。

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