私は必要な人間だと思いますか?
「……。」
小鳥遊たちが乗る車内は終始無言を貫いていた。
その原因は小鳥遊の隣に座る人物にあった。
「いい加減顔を上げたら?」
彼女の隣には、一言も話すことなく顔を下に向けている有栖が座っていた。
それはまるで壊れた人形の様だった。
「一応聞くけれど、医療機関にはいかなくて本当にいいのか?」
小鳥遊の声に冥土は顔を上げて口を開いた。
「必要ありません。飛行機の上ですべて終わらせました。」
「そう……。」
小鳥遊は小さなため息を吐く。
有栖は空港内では桐野に怒りをぶつけていてある程度の元気はあったのだが、車内に乗り込んだ途端ぱっと元気をなくしていることに車内の全員が気持ち悪いものを感じていた。
「それよりも早くアジトに戻りたいです。」
「了解。というかもうすぐ到着する。」
全員を乗せた送迎車の窓から有栖のアジトが見えてくる。
アジトの場所や外見を知らない一番は窓から映る景色を眺める。
そんな彼女を見て、桐野は物珍しさを覚えた。
「どうしたの、そんなに外を眺めて。」
「幹部の皆様のアジトと聞き、気になりまして。自然と探してしまいました。」
「そういうことね!確かに気になるよね。」
一番の答えに納得がいった様子の桐野。
「幹部でもない人間に居場所を知られるのはあまり気分がよくないのですが。」
二人の会話を聞いた有栖は不愉快といった様子で話す。
そんな彼女は体調が悪いのか、小刻みに震えている。
「不快な思いをさせてしまい大変申し訳ございません。」
「私の一番がすみません!許してください!」
「ふふっ。———————んんっ!なんでもない。」
桐野と一番の息の合った謝罪の様子を見て、思わず笑ってしまう小鳥遊。
そんな三人の様子を見て、有栖は小さなため息を吐いた。
「はぁ……。別にいいです。ここで降ろしてください。小鳥遊さんにあとは送ってもらいます。」
「え、私なの。」
「今この場にいる人間の中ならあなたが適正です。」
「それもそうか……。」
小鳥遊のハスキーボイスが車内に小さく響いた。
有栖の言葉に従うように、送迎車は停止する。
「それに、小鳥遊さんには少しお願いがあるので。」
「お願い?珍しいな。冥土が他人を頼るなんて。」
「仕方なくです。緊急事態なので。」
「はいはい……。」
小鳥遊は適当な返事をすると車内を降り、そのまま有栖を持ち上げて車椅子に座らせた。
無駄のない動きに桐野は「おおー」と称賛の声を上げて拍手をする。
「ありがとうございます。助かります。」
「別にこれくらい感謝されることじゃない。」
「それもそうですね。」
「舐めてる?」
先ほどまでとはまた様子が変わった有栖。
そんな彼女の発言に若干イラつきを覚えるが、いつも通りの有栖に戻ってくれたことに安堵を感じる小鳥遊。
「じゃあ、私は冥土を送ってくるから、二人は各自の場所に戻っていて。」
「わかりました!ではまた明日!」
「承知いたしました。お気をつけて。」
三人は別れの挨拶を交わす。
その様子を見て、有栖も軽く頭を下げた。
それと同時に車のドアが閉められ、発車する。
小鳥遊は後部座席の様子は見ることはできないが、桐野がオーバーリアクションで手を振っている様子を想像し、笑みを浮かべる。
「私たちも行きましょう。」
「了解。」
淡々とした会話で、小鳥遊は有栖が乗る車椅子を押しながらアジトへと向かっていった。
その時、何かが壊れた気がした。
—————————————————
「で、お願いって何?」
有栖のアジトの一室に入り、ソファに腰を据えて本題に入る。
車椅子に座る有栖は悲壮な表情を浮かべていた。
「……。」
先程から有栖の感情の右往左往が激しすぎる。
いつも通りのテンションであれば、今みたいに病んでるような、落ち込んでいるような……。
人として何かが壊れてしまったのか。
小鳥遊は彼女に危機感さえも覚えていた。
「大丈夫?さっきからおかしな——————「私は必要な人間だと思いますか?」
「……え?」
唐突な問いかけに思わず動揺する小鳥遊。
必要?何を言っているのか。
訳が分からない。
「今回の一件で感じました。ご主人様に与えられた使命も果たせず、2度も敗北してしまい、ましてや片腕もなくなりました。もうご主人様にとって私は必要価値なんてないんじゃないですか?」
決してこちらに目を合わせることのない有栖。
彼女の眼は漆黒に染まり、何も見つめていない様子だった。
ただ早口で訳の分からないことを淡々と口にする。
「必要か不必要かはボスが考えること。私が冥土に直接言って決めるものじゃな——————。」
「もうわかったんですよ!!」
小鳥遊の言葉を遮る有栖。
あまりの勢いに、驚く小鳥遊。
「私はもう不必要な人間なんです。五体満足にご主人様に仕えることができない時点で、専属のメイドとして失格です。」
「……。」
「あああ……こんなことを話している間にもご主人様は組織のため、我々のためにご活躍されているのでしょう。」
有栖は天を眺めるように顔を上に向けた。
欠損していない左腕だけが伸びる。
「ご主人様と大切な約束を交わした右腕は無くなってしまいました。—————————————————ああああああああ!!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
天を見上げた次は急に何かに怯えるかのように体を丸めて震える有栖。
そんな彼女を見て小鳥遊はもう手遅れだと感じた。
このままにしていると大変なことになる。
しかし、今現在有栖を抑えられる人間は全員外にいる。
「落ち着きなよ。まだボスも戻られていないし、直接二人で話してからにしなよ。」
「————————あああああああああああああああああ!!!!!!」
「……手遅れか。」
一番の問題は、急に彼女自ら命を投げ出さないかということ。
もし投げ出すとしても、ボスと話をしてからのほうが確実にいい。
未だに叫び続ける有栖。
いっそのこと一度拘束するほうがいいのか
そう考えた瞬間だった。
「緊急事態のようだな。」
「誰——————って」
紗月の背後から現れた人物。
彼女は目を見開いた。
「——————野々村。どうして貴方がここに?」
それは白衣を着た研究者、野々村だった。
老人の右手には紙袋が握られていた。
「勘だな。」
「勘って……。」
「細かい話はあとでするとして、とりあえず今はあの壊れた人形を落ち着かせる必要があるな。」
指を指した先。
そこには野々村の登場など眼中になく、孤独に狂っていく有栖。
「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。私はいらないメイド私はいらないメイド私はいらないメイド私はいらないメイド私はいらないメイド私はいらないメイド私はいらないメイド私はいらないメイド私はいらないメイド」
「……確かに、話している暇はないな。」
小鳥遊は壊れたメイドを修理するために、ソファから立ち上がった。
「———————この馬鹿メイドが。」
彼女は吐き捨てるように有栖にそんな言葉を掠れた声と共に投げかけた。
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