平穏

『速報:巨大犯罪組織エンプレス壊滅』


その日はニュース番組や新聞で話題が止まらなかった。

犯罪組織エンプレス。

様々な犯行が行われ、世界中を混沌にさせている元凶。

そんな悪の存在が壊滅したという報道。


『組織の壊滅に一役買ったのは対エンプレス撲滅組織であったガーディアンズです。』


ニュースキャスターの声が耳に響き渡る。

ガーディアンズ。

正義の象徴であり、この世界の希望と呼ばれていた。


『ガーディアンズの代表である人物からお言葉をいただいています。』

『全世界の皆さん、今まで不安な思いをさせて申し訳ございませんでした。今回エンプレスを壊滅させることができたのは皆さんのご協力のおかげです。』


ニュースキャスターがつらつらと文章を読んでいく。


『そしてもう一つ。とある組織の皆さん、ご協力ありがとうございました。』


とある組織。

それは我々のことだろう。

俺がエンプレスを抜け、新しく入った組織。

杉山さん・断罪者・黒子さんと協力した日々を思い出す。

大変な数年間だった……。


『いま、エンプレスの首領と呼ばれている人間が姿を現します。』


多くのカメラが向けられる中、警察とガーディアンズとみられる人間たちに一人の少女が連れられる。

やった。ついに俺の夢は実現したんだ。

平穏な世界が戻ってくるんだ。

もう犯罪組織のボスなんて言われずに済むんだ。


フードを被る少女の顔が露わになる。

そして少女は—————。


『—————ボス。早く起きてください。』


俺を現実世界に引き戻した。




—————————————————




「っ!!」


目が覚める。


「ようやくお目覚めになられましたね。」

「あれ……。俺は……。」


夢と現実がごちゃごちゃになり、目の前にいる悪魔の声もうまく聞こえない。

しかし疑問は存在していた。


「なんか、デジャヴを感じますね。」

「デジャヴですか?」


何故俺は”平田”に膝枕をされているのだろうか。

どこかで似たような光景を見たことがあるようなないような……。


「私たちって爆発に巻き込まれたんじゃ……。」

「ちゃんとボスに及ぶ被害を最小限に爆発させましたよ!」


満面の笑みで胸を張る平田。

どうすればそんなことが可能なのか。

俺には考える余裕なんてなかった。


「杉山さんと断罪者は……!?」


爆発に巻き込まれた二人のことを思い出す。

二人は無事だろうか。今すぐに確認したい。


「あぁ、あの二人ですか。今頃映画館の瓦礫に埋まっているんじゃないですか?」

「瓦礫……。」


平田から放たれた現実に俺は涙を浮かびそうになる。

しかし、仮面をつけていない状況で、表情の変化をするわけにはいかなかった。


「というか……ここはどこですか…?」


見知らぬものばかりの洋室。

滞在先であった旅館にこのような部屋はなかった。


「不測の事態がおきまして、急遽我々の支配下であるホテルにいます。」

「不測の事態……?何が起きたのですか?」


不安や焦りで押しつぶされそうになる俺に対し、余裕そうな表情でずっと笑みを浮かべている平田。


「旅館にいた人間が全員何者かに襲われました。その際に旅館にいた紗月も現在行方不明の状況です。」

「それは……。」


それはやったと言いかけた。

犯罪組織にかかわる人間が一掃されたということ。

しかし、疑問なのは誰が旅館を襲ったかということだ。


「一体誰が……。」

「おそらくガーディアンズがここまで嗅ぎ付けたのかと思われます。」

「ガーディアンズ……。」


夢にも出てきていたガーディアンズ。

対エンプレス撲滅組織。

いつ、どこで俺たちの行動を把握したのだろうか。

このままだと俺まで始末されてしまう可能性がある。


「おそらくですが、黒田白未という人物がかかわっている可能性がございます。」

「黒田……?」

「はい。その証拠に紗月さんから私宛に連絡が来ていたので。」


平田から携帯電話のメッセージ履歴が表示された画面を提示される。

そこには黒田白未という人物を殺したことを俺に伝えるよう指示するメッセージが残されていた。


「ボスはこの黒田という人物を知っているのですか?」

「はい。滞在中に我々に助けを懇願してきた人ですね……。」

「なるほど……。」


変に知らないといっても不利になると俺は考えた。

平田は俺の答えに少し頭を悩ませているようだった。


「じゃあ黒田さんも死んだというわけですか?」

「いえ、それが……。その黒田と思われる死体が見当たらないのです。」


彼女の言葉に俺は安堵する。

ということは彼女がガーディアンズの関係者であり、助けを求めたということだろうか。


「紗月さんの捜索は現在部下たちが行っている最中です。なにか分かれば連絡が来るはずです。」

「わかりました。」


エンプレスの幹部が一人減るということは、俺の平穏な人生に一歩近づいたということだろう。

紗月は今頃ガーディアンズに捉えられて尋問でも受けているのだろう。

って……ん?

その場合、紗月が俺のことを話したら俺が捕まるってことか?


「早急に、そして必ず紗月を取り戻しなさい。手段は選びません。」

「は、はい。承知しました。」


まずいまずいまずいまずい。

幹部たちが捕まるまではいいけど、ボスがまだ明確に平田になっている状況じゃなければ真っ先に売られるのは俺だ!

俺のことがバレる前に紗月を取り戻さなければ、人生終わる!

焦りから頭がぐるぐるする。

そんな時だった。

トントンと部屋のドアがノックされる。


「ん……?」


俺はいい加減平田の膝枕から起き上がる


「あっ……。」。


その瞬間、彼女は寂しそうな表情を浮かべた。

なんだよその表情。


「どうかしましたか?」

「いえ……。私が出てきます。」


平田はそういうと立ち上がってドアを開ける。

その先には————。


「ボス。お久しぶりな気がします。」

「ただいま戻りました!」


九頭竜と黛が現れた。


「私とボスの特別な時間を邪魔しに来ないでくださいよ。」

「勝手に言っていろ。ボスはそんなこと一切思っていないぞ。」

「そんなことないですよね!?ボス?」

「え……ええ。」


どこか懐かしいような会話。

犯罪者しかいない空間であってはならないのに———————


「ふふっ……。」


——————何故か俺は笑みを浮かべていた。


「ボス!なんで笑うんですか!」

「いえ、笑ったつもりはないですよ。」

「嘘だ嘘だ!」

「眼中にないってことだろ。」


駄々をこねる子供のような声を荒げる平田。

そんな彼女に呆れた様子を浮かべる九頭竜と黛。

この状況がなぜが俺にとって心地の良いものになっていた。

杉山さんや断罪者のことも忘れて。


「で?何の用事でここに来たんですか。」


そんな中、平田が思い出したかのように口を開く。


「そうだ、本題を忘れていた。黛、例のやつを持ってこい。」

「わかりました。」


黛は一度ホテルの部屋を出る。

すると数分後、黛が大きな物音を立てて戻ってきた。


「お待たせしました。例の物です。」

「例の物って————。」


そんな言葉と共に俺の前に突き出されたのは、拘束されてボロボロになった黒子さんだった。


「え……。」


言葉にできないナニかが、俺の胸に押し寄せていた。

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