正義の刀、悪の銃

「んっ……。」


目を開くと真っ白な天井が視界に広がった。

辺りを見渡すと、マンションの一室の様に見えた。


「目が覚めたか。いい夢は見れたか?」


状況が呑み込めていない紗月の背後から聞き馴染みのない声が聞こえてくる。


「悪いわね。私は夢を見ない体質なの。」

「そうか。それは残念だ。」


紗月は目の前に座る男に最大限の注意を払う。

しかし、愛用しているリボルバー2丁がないことに気づいた。

打つ手なしといった様子で、彼女は口を開いた。


「それで……ここはどこかしら。私としては早く戻るべき場所に戻りたいのだけれど。」

「ああ、説明がまだだったな。ここはとあるマンションの一室だ。出ようとしたところで内側のドアも鍵が必要になっているから逃げようとしても無駄だぞ。」


話をきいた紗月は玄関前へと歩く。

ドアノブには鍵穴があり、もちろんドアが開くことはなかった。


「はぁ……。こんなか弱いお姉さんを監禁してどうするつもり?警察に捕まっちゃうわよ?」

「警察に捕まるのはお前だよ。紗月銃華。」


紗月が目を見開く。

瞬間。室内の空気が殺伐としたものに一変する。


「どこでその名前を知ったのかしら。」

「特殊な方法を使えば今の時代なんてパパっとわかるんだよ。」


得意げに話す男の顔をみてため息を吐く紗月。


「そう。けれどごめんなさい。私、あまり下の名前は読んでほしくないの。」

「それは失礼したな。まぁ、犯罪者の名前なんてどうでもいいんだがな。」


少しの沈黙。

普通の人間では苦しさで息もできないであろう。

しかし二人は楽しそうに話を続ける。


「犯罪者ね。その単語で思い出したのだけど、君も温泉旅館の従業員を皆殺しにしていたのだけれど……。あの人たちは何かしたのかしら。」

「ああ、あいつらは大犯罪者軍団エンプレスのメンバーを匿っていた事実がある。」

「それで殺したと?」


紗月の問いに男は少し悩み答える。


「殺しという言葉は違うな。処刑をしたというべきだな。悪は俺たちが処刑する。」

「ふふ……。やっぱり君は狂っているよ。」


紗月は小さく笑いながら差し出された珈琲を飲み干した。


「ふぅ……。それでどうしたの?私を殺す気?」

「違うな。殺すつもりならあの時点で殺している。」

「それもそうね。じゃあ何かしら……大切な話でもあるの?」


紗月の言葉を聞いた男は手をパチパチと叩く。


「よくぞ聞いてくれた。まぁ、早い話がそうだな……。お前を俺たちの組織に招待しに来たってところか。」

「招待?冗談にしてはあまり面白くないのだけれど。」


驚いた表情を浮かべ、怪しむ紗月。

それもそのはず、急に襲い掛かってきた相手にわけのわからない場所に連れていかれて組織に招待するといわれても怪しい雰囲気でいっぱいであった。


「冗談ではない。俺はお前の実力を買っている。」

「もうお互いの組織は言わなくともわかっているはずよね。それでも私をスカウトするつもり?」


エンプレスとガーディアンズ。

交わることが考えられない二つにの組織に所属する人間が手を組む。

そんな前代未聞のことが起きようとしていた。


「……。」


しばらくの長考の後、紗月は—————。


「—————面白そうね。その条件飲んであげるわ。」


エンプレスへの裏切りを選択した。

二人は契約代わりの握手を交わす。


「それはうれしい限りだ。」


男は笑みを浮かべると再度紗月に珈琲を差し出す。

珈琲の香りが紗月の鼻に残る。


「自己紹介がまだだったな。俺の名前は刀川 四郎(たちかわ しろう)だ。」

「私も改めて自己紹介させてもらうわ。紗月 銃華さっきも言ったけれど苗字で呼んで頂戴。」

「何故そんなにも下の名前を嫌うんだ?」


刀川は先ほどから気になっていた疑問を紗月に投げかける。


「あら、乙女の秘密は詮索してはいけないのよ?」

「乙女って身なりでもない気がするが……。」

「手元に銃がなくて残念。今すぐにでも殺せたのに。」


紗月は刀川に向けて「ばん」と言いながら銃を撃つ素振りを見せる。


「ところで……私の愛武器達はどこにあるのかしら。君のことだから捨てずに残しているのでしょう?」

「ご名答。というかアンタが起きたら返そうと思っていた。」


そう言って紗月が渡されたのは銀色のハードケース。

彼女は小さな笑みを浮かべるとハードケースを開ける。


「安心したわ。これは私の命よりも大切なものだから。」


ハードケースの中には彼女が愛用するリボルバーが2丁入っていた。

彼女は宝物を見つけた子供の用に目を光らせながらリボルバーを腰に携える。


「手を組むって話になるまでは渡せなかったからな。」

「確かに私は君と手を組んだけれど、こうやってすぐに武器を渡してもよかったの?裏切る可能性だってあるのに。」


紗月の言葉に刀川はフッと笑いながら答える。


「その時はその時だ。というかアンタもセカンドとの戦いで怪我と疲労が溜まってまともに戦えないはずだしな。」

「セカンド?」

「組織の中での呼び名だ。アンタらの組織ではないのか?」

「私のいる組織ではそういう文化はないわね。まぁ、たまに名前がないとかいう子にボスが名付けるとかはあったけれど。」


紗月はそう言ってテーブルに置かれた珈琲に口をつける。


「そうか。一応言っておくと、セカンドはアンタも知る黒田のことだ。」

「なるほどね……。確かにそんな予感はしていたのだけれど、黒田ちゃんもそっちの組織の人間だったのね。」

「なんなら幹部の人間だがな。」

「へぇ、あんな幼い子が……。」


紗月は感心したかのように愛想笑いを浮かべた。


「幼いって言っても見た目だけだがな。」

「そうなの?てっきり小中学生かと思っていたわ。」

「小中学生があんな人殺しの技術を持っていたら怖いだろ。」

「それもそっか。」


納得した様子を浮かべる紗月。

そして、急に話を遮るようにパンと手を叩いた。


「世間話はこれくらいにして、そろそろ本題に入らせてほしいのだけれど。」

「急だな……。俺はもう少しアンタと話したかったが。」

「あくまで私たちはビジネスの関係よ。そこまでプライベートなことを流暢に話すつもりはないわ。」

「つれないね。人と仲良くなって損はないのに。」


刀川が持つ日本刀が部屋の照明によって輝きを増す。

紗月はあきれた様子でため息を吐いた。


「仲良くなりたい人ぐらい選ばせて頂戴。それで、私は今後どのように行動すればいいのかしら。」

「もう少し雑談を挟みたかったが……まあいいか。」


刀川は胸ポケットから煙草を取り出すと火を付けて咥える。


「簡単なことだ。定期的にそっちの情報をこちらに流してくれればいい。」

「そんなことでいいの?仲間を始末してこいとかだと思っていたわ。」

「実際に相手にするのは俺らで十分だ。変に怪しまれても困るしな。」

「そう。でも私が嘘の情報を流す可能性だってあるわよ?」


紗月の疑問に刀川は怪しげな笑みを浮かべた。

嫌な予感を感じる紗月。


「それも一応懸念してアンタにはとある縛りを受けてもらう。」

「縛りね。私あまり束縛は嫌いなのだけれど。」

「そこまで行動を制限するわけじゃない。これを身に着けてもらうだけだ。」


そう話す刀川から渡された物。

それを見た紗月は若干顔を引き攣った。


「悪趣味だね。本当に正義の味方かって思っちゃうくらい。」

「巨大犯罪組織に所属する人間に言われたらおしまいだな。」


二人は目を合わせると互いに笑い合った。




—————————————————




正義と悪。

交わることのなかった二つが交わるとき、どんな反応が生まれるのか。

二人は楽しみで仕方がなかった。

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