私の魔法を見せてあげる。
「いい加減諦めたら。」
「諦めるね……。申し訳ないけど、私は諦めるということが嫌いなの。」
お互いに対峙する紗月と黒田。
数十分前から発生した二人の戦い。
余裕な様子を浮かべる黒田に対し、満身創痍の紗月。
(さて、どうしようかしら。右腕は壊れちゃったし。意識もあとどのくらい持つか正直わからないわね……。)
紗月は絶望的な状況でも、諦めることなく最善の策を模索していた。
(ほんと、絶望的ね……。)
紗月は心の中でそう呟いた。
黒田の攻撃を食らうたびに、体の自由は奪われていく。そして、その度、紗月の体への負担が増えていく。
「そろそろ終わりにしようか。」
黒田はそう言うと、ゆっくりと紗月との間合いを詰めた。
右手に握られた短剣が、紗月の心臓めがけて一直線に飛んでくる。
だが、紗月は冷静だった。
紗月は、一瞬、黒田の視界から外れると、相手の背後に素早く回り込んだ。
そのまま彼女は右足を高く上げ、黒田の背中に強烈なかかと落としを食らわせた。
「ぐっ……!」
黒田は苦痛の表情を浮かべながら地面に倒れた。だが、すぐに立ち上がると、再び短剣を握りしめ、紗月の方を向いた。
「関心。まだここまで動けるなんて。」
「だいぶ上から目線ね……。」
紗月は苦笑いを浮かべながら、黒田の方を見た。
「でも、私も負けていられないわ。だから——————。」
紗月の雰囲気が一変する。
それはまるで、人が変わった様だった。
「っ……。」
彼女のオーラに圧倒され、黒田は思わず後ずさりした。
だが、すぐに我に返ると、再び短剣を握りしめる。
そして、紗月に斬りかかった。
「さようなら。」
しかし彼女は避ける様子を一切出すことはなく。
「——————私の魔法を見せてあげる。」
紗月は、自身の動かない右腕の代わりに左手で握りなおしたリボルバーを構え直し、引き金を引いた。
銃口から放たれた二つの銃弾が、一直線に黒田に向かって飛んでいく。
「無駄。私はまだ元気。」
呼吸を乱すこともなく話す黒田は放たれた弾丸を華麗に避ける。
「チッ……。」
紗月は小さく舌打ちをする。
そんな彼女の表情を見て黒田は思わず笑みを浮かべる。
「どうする?諦める?」
「そんなわけ……ないでしょっ!!」
紗月はそんな叫びと共に再度リボルバーの引き金を引いた。
弾丸は2発放たれる。
「無駄って言っているのに……。」
黒田はまたも弾丸を避ける。
しかし次の瞬間、紗月が撃った弾丸のうち一つが、黒田のすぐ脇を通り過ぎた時、金属音と共に急に軌道を変え、黒田の後頭部に向かって飛んでいった。
「……っ!!」
黒田は少し驚いたように目を見開き、間一髪でその銃弾を避けると、紗月の方に視線を移した。
「今のは……何?」
「驚いた?私の魔法よ。」
「魔法?面白い冗談。跳弾が偶々当たりそうになっただけ。」
「ふふっ……本当に偶々だと思う?」
紗月は不敵な笑みを浮かべた。
黒田は訝しげな表情を浮かべていたが、数秒の沈黙の後、再び紗月の方に向き直った。
「……もういい。これ以上話しても無駄。」
「そうね。お姉さんもそろそろ限界だわ。」
紗月は自身の体をを抱きしめるように、左腕を組む。
そして、再び妖艶な笑みを浮かべた。
黒田は紗月のその態度に動揺するも、それを悟らせないよう冷静さを装う。
しかし、それが虚勢であることは紗月も分かっていた。
「死んで。」
「……そっちこそ!」
紗月はリボルバーの残り弾数2発を撃ち込む。
黒田はまた弾を避けようと試みるが、最初の2発と同じように軌道を変えると、黒田の方へと飛んでいく。
「くっ……」
そして残りの1発は避けようとした黒田の右肘を掠めた。
黒田は少し後ろによろめきながら後退すると、傷口の血を拭いながら紗月を睨み付けた。
だが彼女はフッと笑うと、 軽く首を横に振って紗月に向き直った。
「賞賛。でもこれで貴方の負け。」
「……そうね。お姉さんここまでみたい。」
紗月にこれ以上抵抗する力は残っていなかった。
体は悲鳴を上げ、左目からは血液が流れていた。
勝負あり。
そんな状況。
「……なにかおかしい。」
しかし紗月の表情は——————
「だけど、負けを認めたわけじゃないわよ。」
勝ちを確信した戦士の表情であった。
「何を言って……。」
刹那。
"トス"と、小さな音が鳴る。
その瞬間、黒田は自身の体に違和感を覚えた。
原因は不明。
しかし、経験したことがある違和感。
「あ……。」
「ようやく気付いたみたいね。」
黒田は自身の足元に液体が滴り落ちていることに気づいた。
「理解不能。理解不能。」
彼女は腹部に視線を移す。
そこには穴が空いており、そこから血液が流れ出ていた。
「……あ、ああ。」
腹部からは血が止まらず流れる。
その状況で黒田はようやく理解した。
紗月が放った弾丸が背中から入り、そのまま腹部を突き破ったということを。
「……あ、あ……な、なんで……こ、こんな……。」
黒田は呆然としている。
「だから言ったでしょう?私の魔法って。」
そう話す紗月は一度黒田に弾かれ床に放り出されたリボルバーを手にする。
状態に問題なく使用できると判断し、彼女は満足そうに頷いた。
そして、蹲る黒田を見つめる。
「黒田ちゃんを見るとこう言いたくなっちゃうわね。」
黒白の彼女には第三の色である赤色に満たされる。
それは、もう彼女は長くないことを表していた。
紗月は小さく息を吐いた。
「チェックメイトってね。」
彼女はそう呟くと、その場を後にした。
————————————————————
「ここまでやられるとは思っていなかったわ……。」
紗月は足を引きずりながら、旅館を歩く。
彼女はこの状況に不安を覚える。
「なんで、旅館の人間が一人もいないのかしら。」
紗月は、旅館の従業員に電話をかけたが、誰も出ることはなかった。
考えてみれば、黒田との戦闘中も誰も加勢に来ることはなかった。
「嫌な感じがするわね……。」
従業員がいるであろう部屋に到着する。
しかし、その部屋からも人のいる気配がしない。
紗月はドアノブに手をかける。すると、扉は簡単に開いた。
「やっぱり……。」
彼女の想像通りだった。
部屋の中は血だまりに溢れかえっていた。
それは従業員全員の死を表していた。
「誰がこんなこと……。」
その時、後ろから声が聞こえた。
「よく分かったな、大犯罪者さん。」
紗月の背後から、日本刀が現れ、首元を撫でる。
「へぇ……。こんなに殺していて犯罪者呼ばわりしてくるんだ。」
「犯罪者を殺すのは、正義の象徴だ。」
背後から放たれる男性の声に紗月は苦笑しながら———————
「君、狂ってるね。」
紗月の意識はそこで途切れた。
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