一時休戦

海辺の洞窟内は緊迫した空気に包まれていた。


「ヒーローは遅れてやってくるか。……まぁ、今回ばかりはヒーローだな。」

「九頭竜さんがそんな簡単に認めるなんて珍しいこともあるのですね。頭でもぶつけましたか?」

「前言撤回。やはりただのバカが来ただけだった。」

「酷い言い様ですね!?せっかく助けに来たのに。」


そんな言葉と共に溜息を吐いた平田は、地面に横たわる人影が目に映る。


「冥土は右腕をやられて出血が酷い状態だ。今すぐ止血処置をするぞ。」

「……わかりました。」


慣れた手つきで有栖の止血処理を始める平田。

出血が酷いのか治療には少し時間がかかっている様子だった。

九頭竜は少し離れた場所で倒れているもう一人に指を指す。


「黛はあいつが動き出したら対処をしてくれ。」

「了解しました。」


倒れている人物————

黒子は小さなうめき声をあげながら苦しそうに横たわっていた。


「こいつが今回のターゲットですか?」

「いや、情報を聞き出せてはいない。薬の制で正常な精神ではなくなっていた。」

「薬……これの事ですかね。」


黛は地面に転がっていた小さな袋を拾う。

袋の中には白い粉状のものが入っていた。


「それだな。持ち帰って調べるから保管しておけ。」

「わかりました、」


黛は白い粉が入った袋をスーツの胸ポケットに入れる。




————————————————————




「冥土さんの止血は完了しました。ただ……早急に処置をしないと死亡する可能性もある危険な状態です。」

「そうか。なら早急にここを離れて冥土をアジトに送り返すぞ。」

「わかりました。ですが……この人はどうしますか?」


三人は未だ起き上がる気配のない黒子に視線を移す。


「とりあえず連れていく。その後知っている情報を吐いてほしいが——————」


その時だった。


「こんなことして無事でいられると思っているのか……?」


黒子は苦しみの表情を浮かべながら、口を開いた。

彼女の行動に平田は驚いたかのように目を見開く。


「珍しいね。黛の声劇をまともに受けて話せる力があるなんて。手加減したの?」

「いえ、手加減など一切していないですよ。」

「あの白い粉が身体能力を向上させる効果がある。実際、冥土と戦っていた時も人間とは思えない身体能力だった。」

「なるほど……。その白い粉、とても気になりますね。」


平田は携帯電話を取り出し、着信をかけた。

3回ほどコールが鳴ると、相手が着信に出る。


「もしもし。小鳥遊さんですか?」

『ああ。突然の連絡だけどどういった内容?』


携帯電話越しから聞こえてくるハスキーボイス。

平田の通話相手は小鳥遊であった。


「少々こちらでトラブルが起きまして、いまから冥土さんをそちらに送り込むので、彼女の迎えに来ていただけませんか?」

『冥土に何かあったの?』

「はい。右腕を切断しました。」

『はぁ!?』


止血をして地面に寝かせている有栖を横目に見る。

彼女の意識が戻る様子はなく、切断された右腕は彼女の横に置いてあった。


「こちらも少し手が離せない状況でして……手に負えない私たちの代わりに、数名の配下を連れますのでご対応をお願いできればと。」

『時間は?』

「いまから手配するので……。三時間後に空港に来てください。配下に冥土さんを運ばせます。」

『ああ、わかった。すぐに準備して向かう。』


通話が切断される。

平田は満足げな表情を浮かべて携帯電話をしまう。


「よし、これで準備ができました。」


平田は立ち上がり、有栖の体を抱き抱える。そして彼女をお姫様抱っこするようなかたちで持ち上げた。

先程まで彼女がいた空間を眺めると、なぜか胸が痛む。


「勝手に死なれては困りますよ。ボスに想いも伝えていないくせに……。」

「なんか言ったか?」

「いえ……何も言ってないですよ。」


彼女の呟きは誰にも聞こえることはなかった。

有栖を背負い運ぶ平田を見て、黛は思い出したかのように口を開く。


「九頭竜さん。この人も運ぶんですよね?」


黛が指を指すのは未だ反抗的な態度を浮かべている黒子だった。

九頭竜はそんな彼女を見て少し考える。


「ああ、だが何か起こされたら困る、寝かせておけ。」

「わかりました。」


黛はそういうと黒子の首を自らの腕で力強く絞める。

時間にして7秒ほどだろうか。

抵抗する間もなく、黒子は気を失ってしまった。


「やはり黛を連れてきて正解でしたね。話を聞いた時は冥土がここまで深手を負う相手だとは思いませんでした。」

「今回に関しては我々の気が緩んでいたのもあるだろう。ボスがこの場にいれば一瞬で解決するだろうが、我々だけでどこまでやれるのか試したかったのだろう。」

「さすがはボスですね。全てあの人の思い通りです。」


三人が考えることは同じであった。

改めて自身の主人である坂田に尊敬の念を抱く。


「そういえば、ボスは大丈夫なのか?敵の住処にいると聞いているが……。」

「そちらに関しては大丈夫です!すでに会ってきました。」


平田は自信満々といった顔で胸を張って答える。


「それは安心した。ここはボスに教えていただいたのか?」

「いえいえ。実はこの洞窟って敵の住処と繋がっているんですよ!平田さんを送ったらご案内します。」

「了解した……。」


三人はお互いの情報共有をしながら、空港へ向かっていく。

足取りは普段より早かった。




————————————————————




「じゃあ、よろしくね。二人とも薬を飲ませているから起きることはないと思うけど……もしフライト中に起きたらその時は無理矢理にでも薬を注入して。」

「はい。フライト中は最善の注意を払います。」


札幌空港では、有栖をアジトに送るべく平田が手配した配下達が集まっていた。

気を失っている有栖の隣には黒子も同じ状態で横に並んでいた。


「向こうには小鳥遊さんがいるはずだから、到着したらすぐに合流してね。」

「承知いたしました。」


エンプレスが所有するプライベートジェットの手続きも完了し、気を失っている有栖と黒子を配下達が運びながら乗り込んでいく。

乗り込みが完了すると飛行機はそのまま空へと旅立っていった。


「はぁ……とりあえず無事を祈りましょう。我々にはまだ仕事が残っていますし。」

「ボスを迎えに行くか。」

「はい。ただ、まだ敵対存在がいるはずです。ご無事だといいのですが……。」

「ボスに限ってやられてしまうなんてありえないだろう。あの方は知識だけではなく武術にも長けているからな。」

「それもそうですね。早く迎えに行きましょう!」


平田は待ちきれないといわんばかりのテンションで二人を連れて空港を後にした。




————————————————————




「そういえば、紗月はどこにいる?」

「紗月さんは寝るって言いながら滞在地の旅館に戻られましたよ。」

「はぁ……。ボスを連れて戻ったら、然るべき対処をしてもらうか。」

「ふふっ。そうですね。楽しみです。」


時刻は20時過ぎ。

街灯の明りが、歩く三人の影を映し出していた。

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