隣に殺人鬼がいるときの対処法

「落ち着きましたか?」

「はい……。」


平田が目覚めて数十分経った頃。

彼女はコーヒー片手に俺の隣に座っていた。


「すみません、取り乱してしまって……。」

「いえ、無理もないですよ。」


俺は平田が落ち着くまでずっと彼女の背中をさすっていた。

そして今に至る。


「あの……どうして私の居場所が分かったのですか?誰にも伝えていなかったのに……。」


ずっと疑問に感じていた。

この場所を知っているのは俺と有栖だけだ。


まさか、有栖が俺を始末するために平田に協力を仰いだのか?

二人は仲が悪いし協力するような仲ではないと思うんだが……。


「それは秘密です。」

「……そうですか。」


だが、今そんなこと考えても答えは出ない。

俺は平田に一番聞きたいことを聞くことにした。


「では、二人は何をしにここまで来たのですか?」


二人の核心を突く。

俺は間違いなく二人に殺される。

二人にとって、いや組織にとって俺は裏切り者。

新たなボスとなった平田が直々に手を下しに来たんだろう。


「何って。もちろんボスのために来たのですよ。」

「私の為……?私はもう組織を抜けましたが……。」


手の震えを悟られないように、彼女の背中から手を放す。


「ふふっ。ボスは冗談がお上手ですね。」


平田は微笑みながら俺を見つめる。

冗談って何。

向かいに座る黛も頷いているし……。


「ボスに限って勝手に組織を抜けるなんて、ありえないですよ。」


ありえないことをしたから殺すってことか!?

すいません許してください!


「はは……。」


俺はこのままだと殺されるだろう。

しかし、俺には作戦があった。


「しかし、ここまで来たのは大変だったでしょう?」


平田は話を振れば話し終わるまでは手を下さない性格だ。

それならば……。


「別にそこまでですよ?ボスに会いに行くためならこれくらい何も感じません!」


杉山さんと断罪者が戻ってくるまで彼女と話をすればいいのだ。

あの二人が来てくれれば何とかなるだろう。

俺は唯一の希望に期待を寄せながら必死に話を振り続ける。


「そういえば、この地下にはどうやって入ったのですか?入り口は確か遠隔装置がないと入れないはずなのですが……。」

「あ、それは黛が力で解決してくれました。」


まるで自分がやったかのように自慢げに話す平田。

え、あれを力で壊したってこと?

黛ってリミッター解除してなくてもそんなに強いの?

もう人造人間じゃん。


「凄いですね。流石です。」

「お褒めに預かり光栄です。」


いや、怖いよ。

これリミッター解除したら映画館ごと吹き飛ぶだろ。

俺は今か今かと二人の帰りを待つ。


「ボス?何を気にされているのですか?」

「え?」


思わず声が出た。

やばい。時計を何回も見てたのがバレたか?


「いえ、そんなこと———————。」

「先ほどの九頭竜様の件ですか?」


俺が否定しようとした矢先、黛が間に入って話しかけてくる。

九頭竜のこと……?

そういえば俺がシャワーを浴び終えて戻ってきたときに九頭竜がなんとかって言ってた気がする。


「ええ。その件です。」

「やはり……。私も少し気にかかっていました。」

「九頭竜さんの件?何があったのですか?」


平田が話についていけないといった様子で黛に問いかける。

分かる。俺も聞きたい。


「平田様が気を失っているときに、貴女様の携帯に九頭竜様から着信が来たのです。」

「私の携帯……?どれどれ……ってほんとだ。九頭竜さんとの通話履歴がある。」

「何かあるのかと思い、電話に出たのですが、私が現状を伝えるとすぐに電話を切られてしまいました。」

「ふぅん……。」


平田は少し悩んだ表情を浮かべつつ、九頭竜に電話をかける。

数分経つが、特に電話に出てくれる様子はない。


「だめだ、電話に出てくれないや。珍しいな九頭竜さんが電話に出てくれないなんて……。もしかしたらあっちで何かあったのかもね。」

「緊急事態ですかね……。」


平田と黛の二人は無言になり、何かをお互いに考えている様だった。

いい時間稼ぎになりそうだ。

ずっとこのままでいてくれ。


「よし、分かった。九頭竜さんのところに行こう。」

「そうですね。それが一番手っ取り早いですね。」


二人はそういうと立ち上がる。

え。もしかしてお咎めなし?

まさかの逆転満塁ホームランに思わず喜びの感情を表に出しかける。


「しかし、九頭竜さんの居場所が分かりませんね……。」

「その心配には及びません。」

「ボス?二人の居場所がわかるのですか?」


たしか、黛が海辺の洞窟にいると言っていたはず。

俺はその洞窟という言葉がずっと引っかかっていた。




————————————————————




あの時の黒田の言葉。


『洞窟の奥に井戸がある。』

『井戸?』


『でも、ただの井戸じゃない。”死体が詰まった井戸”』




————————————————————




数時間前に聞いた杉山さんの言葉。


『私たちはその場所を"聖域"と呼んでいます。』

『聖域……。』


『宗教染みたお話をして申し訳ないのですが、その聖域には井戸がありまして……そこに供物を投げ込むと、願いが叶う時があるのです。』

『それは、興味深い話ですね。』




————————————————————




俺の考えは一つ。


「二人は聖域と呼ばれる場所にいるはずです。」

「聖域?」

「はい。ここの組織が利用している場所です。もし、私が持っている複数の情報が一致したならば、死体が詰まっている井戸がある洞窟です。」


俺の言葉に二人は顔を引き攣る。


「そんな場所を聖域と呼んでいるんですか。」

「この組織のボスが直々に話していました。そして私の考えではあのドアに繋がっているのではないかと思います。」


俺が指を指した先。

そこには赤く塗られた扉が聳え立っていた。


「この部屋は聖域に繋がっていると聞いています。明らかに怪しい扉です。」

「なるほど……。怪しすぎますが、開けてみないと分かりませんね。」


平田はそういうと、立ち上がって赤い扉のドアノブに手をかける。

少し錆びたものが引きずられるような不快な音と共にドアが開かれる。


「これは……。」


ドアの先には暗い人口的な道が続いていた。

その道が何処かに繋がっているのは目で見て明らかだった。


「この先に聖域が繋がっている可能性が高いです。」

「そうですね……。どうしようかな。」


平田は何かを考えている様子を浮かべる。

このまま二人だけで行ってくれないかな。

俺はそんなことを強く願っていた。


「九頭竜さんの件も気になるし、進んでみようか。」

「そうですね。」


え。本当に行くの!?

黛の乗り気だし。


「ボスはここにいてください。何が起きるかわからないですし。」


彼女はそういうと俺に小包を渡してきた。


「これは何でしょうか。」

「GPS装置です。ボスに何かあったときに私たちがすぐ居場所が分かるようにお持ちください。」


GPSか……。

よし、あとで壊しておこう。


「では、行ってきます。何かあれば私にすぐご連絡ください。」

「わかりました。二人もお気をつけて。」


平田はそういいながら足を進める。

黛も彼女に続いていく。

二人の姿が見えなくなり、俺は赤い扉を閉める。


勝った!勝った!

平田も詰めが甘い。

俺が素直に従うわけがないだろ。

もうエンプレスとはおさらばしてるんだよ。


俺は浮いた気分でコーヒーに手を付ける。

そして、杉山さんと断罪者の帰りを待つのであった。

その時、俺はふと思い出した。



「—————あれ?そういえば黒子さんが聖域に向かっているって言ってなかったっけ……?」



赤い扉の先から、大きな物音が聞こえた気がした。

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