姉呼び

「はぁ……。性に合わないことしたせいで眠いわね。」


映画館の張り込みを平田と黛に交代した紗月は昼過ぎの町中を眠気と共に歩いていた。

身体に当たる日光がより自身の眠気を加速させる。

それでも、まだ一仕事残っているため寝てしまうわけにはいかない。


「ほんとにこの町は明るいわね……。」


彼女が歩く町の商店街は活気よく、一言で言うならば”平和”という言葉が適しているのだろう。

町を歩いていると、あらゆる所に人の姿がある。

店員と客、店員同士に客同士の会話が飛び交い活気に満ちていた。


「ほんと、気持ち悪い。」


それは紗月にとっては居心地の悪いものだった。

幸せそうな顔を歪ませるにはどうすればいいのか。


「———————今ここで手榴弾でも投げたらどうなるのかしら」


紗月は胸ポケットに手を添える。

胸ポケットは小さな膨らみがあった。

しかし彼女の小さな声は、人々の活気にかき消されていく。


「いけないいけない。事件を起こしちゃうところだったわ。」


彼女は小さく首を振って呟きながら手を組み、大きく背伸びをする。


「さっさと”仕事”を終わらせて寝ようかしら。」


彼女はそう呟くと、とある場所に一直線で向かう。

その様子はこれから借りを始めるハンターの様だった。




————————————————————




「意外と歩いたわね。眠気も冷めたわ。」


紗月の目的地は今回の作戦で使用している拠点である旅館だった。

彼女はそのまま旅館の正面玄関へ入っていく。


「おかえりなさいませ。」


一番初めに出迎えたのは旅館の女将だった。

紗月は出迎えに返事をするように小さく頷いた。


「うん。組織の人間から話は聞いているかな?」

「はい。思う存分お楽しみくださいませ。」

「言われなくともわかってるよ。」


女将の言葉に笑みを浮かべて紗月は廊下を進みだした。




————————————————————




「さてと、どこにいるって言っていたかな。」


彼女はとあるものを探していた。

それを見つけるために様々な部屋を転々と調べていく。

宿泊部屋から娯楽施設、それに入浴場やトイレまで

ほぼすべての場所を探したが、探し物を見つけることができずにいた。


「うーん……いないなぁ。あの二人どこへやったのかしら。」


なかなか見つからない探し物に苛立ちを覚え始める。

そんな時だった。



「——————探し物は私かな。紗月お姉ちゃん。」



背後から聞こえてくる女性の声に紗月は目を見開く。

しかし、彼女これ以上にない満面の笑みを浮かべ——————————


「あら……黒田ちゃん起きてたんだ。どこに隠れていたの?いきなり話しかけられてお姉さんびっくりしちゃった。」

「疑問。あなた達は何者。」


満面の笑みを浮かべる紗月に対して、敵意剥き出しで睨みつける黒田。

黒田の問いにハッと笑う紗月。


「答え合わせは不要かと思ったのだけれど?。」

「理解不能。それなら何故私助けた。」

「そうね……。」


紗月は黒田の問いに対して考える様子を浮かべる。

そして2分ほど経過した後、ゆっくりと話し始める。


「ボロ雑巾の様になっていた黒田ちゃんを見つけたときに、変な愛着が湧いちゃったのかしら……?」

「意味が分からない。」

「意味なんてないよ。”私たち”は己が儘に行動していくだけ。」


紗月はそういうと腰に携えていたリボルバーを構える。

銃身が光に当てられ、小さく反射する。


「貴女は”エンプレス”の人間。」


黒田は核心を突いた質問をする。

紗月は動揺もせずにただ淡々と——————



「うん、正解だよ。お姉さん100点満点あげちゃうわ。」



笑顔もない、ただの無表情で答える。


「やっぱり。なら貴女を逃がすわけにはいかない。」

「まぁ、私たちの正体に気づいちゃったなら、死んでもらうしかないかな。」


黒田は右手に握る短剣を構える。

剣と銃、互いの武器が交差する。


「……。」


互いに無言の時間が続く。

そんな時だった。


「ふぅ……。やめましょ。」


紗月はそういうとリボルバーを降ろす。

黒田は未だに剣を構えたままだった。


「……。どういうこと。理解不能。」

「お姉さん殺し合いはあまり好きじゃないの。話し合いで解決しましょう?」


そういって紗月は黒田に近づく。


「来ないで。来たら殺す。」


そんな言葉を口にする黒田の手は震えていた。


「黒田ちゃん。無理してるでしょう?あなた、恩には恩を返す性格でしょう?」


震える黒田の目の前。

紗月はそのまま彼女に抱き着いた。


「なんで、親切にする。おかしくなる。」

「黒田ちゃんが見捨てられなかったから。」


二人は抱き合い、笑顔を見合わせる。

黒田の右手から剣が離れる。


「黒田ちゃん……。」

「……何?」


そして紗月もリボルバーを——————


「本当に馬鹿で可愛かったよ!」



彼女が放った言葉と共に弾丸が黒田の腹に2発撃ち込まれる。



「———————————っ!」


弾丸が直撃したであろう黒子は声にならない悲鳴を上げて倒れ込む。

その様子に紗月は満足そうな表情を浮かべる。




————————————————————




「もっと痛めつけたかったけど、時間もないし仕方ないわね。」


全く動く気配のない黒田。

そんな彼女を運ぼうと、手を向けた瞬間だった。


「———————油断。捕まえた。」


突如起き上がった黒田に紗月は腕を掴まれる。

驚きの表情を浮かべる紗月。

その隙に黒田は紗月の腹に一発拳を入れる。


「ぐっ……!」


勢いよく吹き飛ばされ、机や椅子を巻き込んで転がる紗月。

なんとか起き上がろうとするも、黒田に髪を掴まれる。

そしてそのまま髪を引っ張り上げられ、持ち上げられてしまう。


「なんで生きているのかな……。即死かと思ったのだけれど。」

「あの二人に気絶させられてから警戒してた。」


そう話した黒田の胴体には防弾チョッキと思われるものが巻かれていた。


「ふふっそういうことね。」

「隙を突くために演技をするのは大変だった。」


黒田はそう言って紗月を投げ飛ばす。

今度は受け身が取れず、壁で背中を強打する。


「がっ……!はぁ……はぁ……!」


苦しい表情を浮かべながら黒田を睨みつける紗月。

そんな様子を見ながら黒田は感心したように話す。


「凄い。まだそんな目が出来るなんて。」


紗月は諦めたかのように小さなため息を吐き、笑った。


「あらあら、お姉さんもうボロボロよ。」


黒田は未だに余裕そうな紗月に警戒をする。


「諦めて。貴女に勝てる要素はない。」

「へぇ……。だいぶ強気じゃない。」


会話をする中、紗月は気づく。

黒田が満面の笑みを浮かべていることに。


「強気じゃない。これは核心。」

「ふぅん。なら一つだけ言っておくわね。」


紗月はゆっくり立ち上がる。

そして狂気的な笑みを浮かべて——————



「"貴女"じゃなくて"紗月お姉ちゃん"でしょ?」



その言葉と共に彼女はリボルバーを構えなおした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る