ヒーローは遅れてやってくる

「私、人を殺したんだ……。」


雨降る中、赤く染まった服を身に着けた少女は公園のベンチに座る。

濡れた服が肌に張り付くが、あまり気にはならなかった。

ただ、家に帰りたくない。

数時間前に起きたことを思い出して吐き気を催す。


「ううっ……おえ。」


最愛の弟が父親に殺され、その父親を私が殺した。

そして私は……


「吐いちゃだめだ……。」



あの一瞬、私はまるで別人の様だった。

自然と私の身体は動いていた。

そして気にすることなく父と弟を—————

あの時の私は笑顔を浮かべていた。


「これからどうしよう……。自首するしかないのかな……。」


捕まりたくない。

犯罪者としては当たり前の考えが私に浮かび上がる。

手の震えが止まらない。

雨にうたれて体温が落ちていくのを感じる。


「寒い……。」


荷物もすべて家に置いたままここまで来てしまった。

今、彼女には何もない。

彼女は徐に立ち上がった。


「行かなきゃ……謝らなきゃ……。」


足元がおぼつかないまま、目的地へと歩き出す。

深夜の道の中、雨ということもあり歩行者はおらず、

車も通って1・2台だった。


「あった……。」


彼女の目の前に歩道橋が見え始める。

気が付けば無我夢中で走り出していた。

階段を駆け上がり切り、息を整える。

心臓がバクバクと脈打っている。

それは興奮のためか、それとも不安の表れなのか。


「……今すぐ会いに行くからね。」


手すりに手をかけ、乗り越える。

その時だった。


「死んだら後悔しますよ。」

「……え?」


背後からかけられる男性の声。

振り向いた先には、仮面を着けた怪しげな男が傘を差し出していた。


「ずぶ濡れですね。このままじゃ風邪をひいてしまいますよ。」

「っ……。」


私は思わず息を呑む。

身体が。思うように動かない。


「誰ですか……。不審者なら通報しますよ。」

「通報してもらうのは構いませんが……その服。貴女も捕まってしまうのでは?」


男は私の血に染まった服に指を指す。

私は今にでも泣き出しそうだった。

顔もわからない男は、急に私の手を引っ張った。

そのまま強い力で抱きしめられる。


「……っ?!」


私は咄嗟に身体に力を入れた。

それでも彼は力を弱めなかった。


「離して!」


私はやっとのことで声を出すことが出来た。


「その血が大量に付着した服。行き場がなく自ら命を絶つ勇気は素晴らしいと思いますが……。私と共にまだ生きてみませんか?」


私を抱きしめたまま彼は言う。


「私は貴方を必要としています」


この男は何が目的なんだろうか……。

私の価値はきっとこの男には分からない。

私はこの男といても、何も出来ないのに。


「必要としてくれるなら、好きにしていい……。」


どうせ死ぬつもりだったのだから。


「……そうですね、好きにして構わないのでしたら……生きてください。それが条件です」


彼の力は弱くなることはなくて、私の背中をさすった。

私は一度離れる様に体を押しのけた。

震える声で私は尋ねる。


「あの……名前……。」

「そういえば名乗っていませんでしたね……。


———私の名前は坂田と申します。これからよろしくお願いしますね。」


私の目の前に差し出される手。

私は右手を——————




—————————————————




「—————冥土!」


九頭竜の叫び声が洞窟内に響き渡る。

彼の言葉は、冥土には届かなかった。


「あっ……え……?」


理解が追い付かない。

一瞬の痛み。

足元に謎の血だまり。

身体のバランスが崩れる感覚。

先ほどまであったものが無い。

“右腕”が————————————


「キャハッ……ハハハハハ!!」


甲高い笑い声。

それはまるで楽しいことを覚えた子供の様な。

でも、その笑い声も耳に入らない。


「いっ……た……。」


意識が朦朧としてくる。

頭の回転が追い付かない。


有栖はその場で仰向けに倒れ込む。

視界が暗い。

そして、有栖の意識が途切れる。

それと同時に、黒子が生き返ったかのように起き上がる。


「ちっ……。」


目の前の惨劇を見て、九頭竜は舌打ちをする。

右腕を失い、大量出血によって意識を失った有栖。

そんな中、彼女の腕を一瞬にして切断する黒子の意識が戻った。

彼にとってこれ以上最悪なことはない。


「この状況は、逃げれるわけでもないか。」

「はは、あはは、ははははははははは!」


気味の悪い笑い声と共に黒子が九頭竜に襲い掛かる。

彼女の持つ扇子に当たれば終わり。

身体が真っ二つになり、人の形をとどめることはできないだろう。


一瞬にして九頭竜は追い付かれる。

そして、扇子が振るわれる。


「っ……!あぶねえな!」


身体を大きく逸らし、間一髪のところで攻撃を避ける。

それと同時に拳銃を発砲するが、防がれてしまう。

そして、一瞬の間に黒子から追撃が襲い掛かってくる。

もうこれ以上は避けられない。

目の前に”死”の文字が浮かび上がった。


その時だった。

彼女の攻撃は九頭竜に当たることはなかった。

目の前にいたはずの九頭竜がいない。


「あは……?」


避けられた?

いや、避けたとしても一瞬で目の前から消えることはないだろう。

浮かび上がる疑問。

その直後、彼女は理解する。

身体に襲い掛かった大きな衝撃と共に。

壁に叩きつけられていることを。




—————————————————




「……危ない危ない。危うく九頭竜さんが殺されてしまうところでした。」


そんなセリフと共に現れる漆黒のワンピースを着た少女。

先ほどまで黒子が立っていた場所には、上半身裸の巨漢が立つ。


「遅えよ……。」


九頭竜はどっと疲れが出たように深い溜息を吐く

そんな彼の様子を見て


「ははは!すみません。でも」

「————ヒーローは遅れてやってきますから。」


漆黒のドレスを着た彼女は満面の笑みを浮かべていた。

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