私には性に合わない。

「ついに来たわよ。約束の地、北海道へ!」


そんな軽快な声と共に颯爽と空港内を歩く女性が一人。

漆黒のワンピースは歩くたびに風に揺られ、より彼女の存在を際立たせる。


「あの黒いドレスを着た人綺麗じゃない?」

「後ろに体格のいいボディーガードみたいな人連れているし、モデルさんかなにかじゃない。」


空港内の一般客も女性の姿に気を取られている。

まさか正規の大犯罪者グループのNo2が目の前を歩いているとも知らずに


「9月の北海道なのに暑いね。これも地球温暖化ってやつかな。」

「そうですね。私が幼い頃に両親と北海道旅行に行ったときは夏でもストーブを着けていましたよ。」

「夏にストーブっていうイメージが湧かないや。」


エンプレスの幹部、平田と黛は他愛のない世間話をしながら空港を後にした。


(プライベートな空間では見ていられない状況だったけど、公共の場では一般人を寄せ付けないオーラが漂うのは流石平田さんというべきか……。)


黛は飛行機内と空港での平田の行動の差を思い比べて感心する。

そんな彼女の脳内は———————


(ああ……今すぐボスに会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい。)


結局のところ、人は変わらないのである。

凛とした顔を浮かべる平田だが、脳内は変人、いや狂人である。


「とりあえず、紗月の場所へ向かいましょう。」

「そうですね。敵のアジトも確認できますし。」


二人はは少し早歩きで紗月が見張っている場所へ向かった。




—————————————————




「どうも、久しぶりです。」


平田は赤色の乗用車に乗る運転手に話しかける。

声を聴いて数秒後、乗用車の窓が開かれる。


「あら、平田ちゃんじゃない。後ろに黛を連れてきたってことは冥土ちゃんからかな?」


乗用車に乗っていたのは張り込みをしている紗月だった。

彼女はいつも通り明るく振舞っているが、疲れていることは平田と黛の二人は感じ取れた。


「ご名答です。ボスを助けに来た”ヒーロー”を買って出たのですよ。」


平田の言葉に紗月は笑いを浮かべる。

それは、まるで考えを馬鹿にするような乾いた笑いだった。


「ふふっ。——————私たちに”ヒーロー”って言葉は似合わないわよ。」

「言われてみれば……。確かにそうですね。」


紗月の言葉にすんなり同意する平田。

しかし彼女の表情は”何か”を思い出しているようだった。


「で、あの潰れた映画館がターゲットのアジトですか?」


三人の視界に移る人が入れる様子もない寂れた映画館。

人を寄せ付けない独特な雰囲気を漂わせていた。


「ええ。まだボスは出てきていないわ。裏口のようなものは見つからないし……。唯一可能性があるのは中からの特殊ルートだけど、そこまで特殊な構造になっている感じはしないわね。」

「なるほど……。じゃあボスの生存確認は……。」

「最後に確認ができたのは冥土ちゃんが攫われていた時だから……20時間前とか?」


そう話す紗月の目の下には隈が大きく表れていた。

彼女の様子を見て平田は同情の目を表す。


「それはご苦労様です。数時間は私たちが変わるので、紗月さんは戻られて休んでいただいて構いませんよ。」

「少し気に障る言い方だけど……。まぁお言葉に甘えようかな。」


車内を出た紗月は大きく体を伸ばして息を吐いた。

そして、社内に残る二人に軽く手を振る。


「お疲れ様です。」

「うん……。といっても一つだけ仕事が残っているからそれだけ片づけてから休むよ。」

「そうですか……。それはお気をつけて。」

「ありがとね。二人も張り込み頑張ってね!バイバイ。」


紗月は二人に背を向けて去っていった。


「紗月さんにしてはおとなしく引き下がりましたね。」

「まぁ、さすがに慣れないことずっとやってて疲れたんじゃない?」

「それもそうですね。」


二人は乗用車の前方席に腰を据える。

平田と黛の張り込みが始まった。




—————————————————




「はぁ……やっと嫌な仕事から抜け出せた……。」


二人と別れた紗月は、昼下がりの商店街を疲れた様子で歩く。

雲一つない空による暑さがより一層紗月を痛めつけていた。


「熱いわね……。一仕事の前に冷たいものでも食べようかしら……。」


紗月の前には”氷”と書かれた看板が飾られていた。

その一文字が彼女には栄光の輝きに見える。


「……っていけないいけない。もし休んでいる間に逃げられたりしたら大変ね……。」


自分を否定するかのように首を二度降り、歩き始める。

これから一仕事する彼女の足取りは何故か急に軽くなる。

彼女は呟く。


「————やっぱり私には張り込みより人殺しの方が性に合ってるわね。」



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