メイド解雇

『有栖……!』


有栖がメイド服以外を着ている姿久しぶりに見たな……。

見慣れていたせいか、違和感を感じる。


『ご主人…さま……?』

『はい。坂田です。話せますか?』


見るだけで心配になるほど弱っているな……。大丈夫かな。

って、犯罪者の心配を何故しているんだ俺は。


『すみませんご主人様…貴方から頂いたメイド服がボロボロになってしまいました……。』


まぁ、一応心配しているふりをしておかないと怪しまれるか。


『メイド服なんて何度でも差し上げます。有栖が無事でいてくれて本当に良かった……。』


こういう時は過剰すぎる方が逆に怪しまれない。

有栖の顔が引きつっている様に見えるが気にしない。


『動いても大丈夫なのですか?』

『大丈夫です。それよりも……私たちの現状を教えていただきたいです。』


まぁ、もう会うこともないだろう。

俺は正直にすべてを話した。


『ご主人様は私の為に組織を……。』


俺の言葉に彼女は一切表情を変えることはなかった。

呆れて何も言えないということだろうか。


『私はこれから杉山さんの組織に入ることになります。なので、組織のことはお任せします。』

『そうですか……承知しました…。』


何か言われるかと思ったが、特に言われることはなかった。

最初から諦めていたのだろう。

有栖は左腕の肘を掴んで俯く。


「……。」


そんな彼女を見て、ふと頭に思い浮かぶ。

有栖の唯一褒めるところがあるなら、料理が旨かったことだろうか。

というか、あの喫茶店の料理に使われていた肉が人肉だったけど、味が似ていた有栖の料理ってまさか……いや、さすがにそこまで彼女は狂ってはいないか。

彼女は他人に一切興味を示さない人間だしな……。


『感動の再開のところ申し訳ないのですが、メイドさんの無事も確認できましたし、そろそろ彼女には退出していただきます。』

『わかりました……。』


俺がそんなことを考えていると、杉山さんから別れの指示を受ける。

自称メイドを解雇する時が来たか。

今までありがとう。向こうでちゃんと罪を償ってきてください。


『ご主人様、何かあれば必ず私に必ずご連絡をお願いします。』

『わかりました。有栖もお気をつけて。』


最後に抵抗してくるか不安だったけど、おとなしく出ていったな。

力量の差を感じたのだろうか。

有栖は俺が見た人間の中でもトップクラスの実力者だったのだが。

まぁ、タイマンはまだしも複数人相手は分が悪いということだろう。

安心した。

俺は胸を撫でおろす。




—————————————————




『さて、これから坂田さんにはお勉強をしていただきます。』


勉強か。学生以来で少し懐かしいな。

そんなことを思いつつ、杉山さんについていく。


『さて、お勉強会場はこちらです!』


そういわれて案内されたのは、小さな会議スペース。

正面奥にモニターとホワイトボードが置かれており、机と椅子が数個並べられている。

周囲は綺麗に整頓され、チリひとつ落ちていないように見える。


『あれ。あそこにいるのって……』


一番前の席にポツンと座る少女。

それは見覚えのある人物。


『遅いですよ!いつまで待たせるつもりですか!』


真っ白なワンピースを着て、肩まで銀髪を伸ばした可憐な少女。

席に座るのは少し苛立ちを見せる断罪者だった。


『ごめんなさい。思ったよりも時間がかかっちゃった。待たせちゃったわね。』

『いや、杉山さんは何も悪くありません。元はといえば後ろの男が雇っていたメイドが原因ですし……』

『なんか申し訳ないですね……』


不貞腐れた様子を浮かべる断罪者。


『あなたが新入りね。たしか……坂田だっけ?』

『はい。よろしくお願いいたします。』


断罪者から手を差し出される。

その手を受け取る様に俺は手を差し出す


———って、痛っ!?


彼女は無言の笑みを浮かべながら俺の手を握り潰すかの様に力を加える。

これがデフォルトの力なのか?

パワー系すぎるだろ。

俺は彼女に応えるべく最大限の力を込めるが、全くと言っていいほど敵わない。


『はーい。挨拶はそれぐらいにして始めるよ。』


杉山さんが手を叩いて場を締める。

それを聞いたと同時に断罪者は手を引っ込めて席に座る。

正直助かった。離してくれる気がしなかったし。


『杉山さん。何故彼女はここに?』

『何?私がいるのがいけないって訳?』

『そういうことでは無いのですが……。』


断罪者の怒りを買ってしまったようだ。

このまま殺されるのだろうか。

血の気が荒い彼女を見ていると、本当に正義の組織なのか不安になってくる。


『断罪者。それ以上坂田さんを困らせないで?今日から仲間になるのだし仲良くしてね。』

『杉山さんがそこまで言うのなら……』


断罪者は杉山さんの言葉すべてにおとなしく従う。

杉山さんは断罪者の扱い方を分かっている様だった。


『さて、ようやく説明会を始めれるね。坂田さんよろしくね。』

『はい。よろしくお願いします。』

『……ふん。』


俺の隣に座る断罪者は渋々といった様子だった。


『今日はサポートとして断罪者にも入ってもらっています。二人とも今後一緒にやっていく仲間ですから、仲良くしてくださいね。』

『はーい。わかりました。』

『了解です。』


そんな言葉と共に、杉山さんによる説明会が幕を開いた。




———————————————————




「これで説明会は以上です。ご清聴ありがとうございました。」


今までのことを遡っている間に杉山さんの説明は終了していた。

隣に座る断罪者は拍手をして満足そうな表情を浮かべている。


「坂田さん。なにかご不明な点はありましたか?」


正直、5割はまともに聞いていなかったせいでわからないことがわからないのだが……。

変なことを言うと隣の少女に殺される不安がある。


「いえ、特にありません。とても分かりやすかったです。」


無難な回答で乗り切ろう。


「ほんとに?あなた途中から上の空って感じじゃなかった?」

「そ、そんなわけないじゃないですか。」


的確な指摘をしてくるな……。

杉山さんも不安そうな顔を浮かべている。

まずい。この場を何とかしなければ……。


「実は僕、杉山さんの声に聞き惚れてまして……。」


何言ってるんだろう俺は。

これじゃあ、ただ気持ち悪い人じゃないか。

恐る恐る杉山さんの方を見ると顔を真っ赤にさせている。

やばい……完全に引かれたな……。


「そ、そんな!私なんてただのおばさん声ですよ!」


そんなことはないと思うけど……。

隣の断罪者の表情は信じられないものを見たような顔をしている。

いや、なんでお前がそんな顔するんだよ……。


「ま、まあ堅苦しい話はここまでにして、次は私たちの施設を紹介しますね!」


杉山さんはそういうと立ち上がって俺についてくるよう促した。


「施設の案内ですか?」

「ええ、もちろん断罪者も一緒ですよ。」

「私もね……はあ……。」

そうして、俺と断罪者は杉山さんのあとについて歩き出した。




———————————————————




とある空港内。

そこに珈琲を片手間に携帯電話を眺める少女が一人、空港内のベンチに座っている。


「すみません。お待たせしました。」


そんな彼女に漆黒のスーツ姿の大柄な男が話しかける。


「いえ、集合時間に間に合っています。謝す必要はありません。」


少女は携帯電話の画面から顔を上げ、男を見る。


「では、行きましょう。フライトの時間が迫っていますし。」

「承知しました。」


"平田"と"黛"は並んで歩き出す。

フライトまで残り30分。


「一つお尋ねしますが、今日はいつもと違う服装なのですね。」


黛は平田が来ている服を見て話す。

彼女はいつも着ている漆黒のスーツではなく、漆黒のレースがついたワンピースを着ていたのだ。


「一応旅行っていう体で着たんだけど……似合ってなかった?」


彼女は服の裾を掴み、広げて見せた。

その仕草はまるで可愛げのある少女だった。


「いえ、今日の服装はとてもお綺麗です。」

「ありがとう。素直に受け取っておくよ。」


平田はニコッと笑った。

それから、少し考えた後、口を開く。


「一応確認しておくね。向こうでは"リミッター解除"をしてもらうけど、大丈夫かな?」

「突然ですね……。聞かれずとも私はそのために存在しているのです。気にせずに支持をお願いします。」


黛はそう言うと、真剣な表情で平田をみた。


「リミッター解除の権限は今までボスしかもってなかったから、少し躊躇っちゃうんだよね。」

「平田さんの気持ちもわかります。」

「あはは……。」


苦笑いを浮かべる平田の目の前に空港受付が見えていく。


「あ、ちょっと行ってくるね。」


彼女はそういって、空港受付の関係者入口に入っていった。

残された黛は、ロビーで待つことにする。


「さてと……気合入れないとな。」


彼は自分がこれから行うことを想像する。

リミッター解除は過去に数えるほどしかしていない。

それゆえ、周囲の人々にどれほどの影響を与えるか計り知れないのだ。

しかし、ボスは自分すら吹き飛ばすかもしれない力を必要としているのだ。

そのために今回命じられた。

だから──やるしかないのだ。

それに、彼には強い決意があった。

ゆっくりと息を吐く。


「まぁ、あっちにはボスがいるし大丈夫か……。」


彼は小さく呟くと、少し離れた場所から女性の声が響いてくる。

それは笑顔を浮かべる平田だった。


「お待たせ。じゃあ行こうか。」

「もう大丈夫なのですか?」

「うん。しっかり挨拶してきたよ。」


黛の問いに、平田は晴れ晴れとした表情で頷いた。


「北海道か。楽しみだなぁ。」


そんな彼女の言葉には、狂気が含まれている気がした。

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