なんでもできるメイドさん(自称)
エンプレスが滞在先としている旅館に到着する有栖。
部屋の中には九頭竜と黒田が先に辿り着いていた。
「有栖か。」
「大変お待たせしました……って何故彼女までいるのですか。」
有栖は九頭竜の隣に座る黒田を見つめる。
「俺だって一緒に行動したいわけではない。この子供が勝手についてくるんだ。」
「子供じゃない。私。成人済。」
呆れた様子で話す九頭竜と、そんな彼に口を膨らませて納得がいかない様子を浮かべる黒田。
有栖は黒田を冷めた目で見つめる。
そんな彼女の視線に黒田は気づかない。
「そうですか。それならば……。」
有栖は淡々とした声で話すとそのまま立ち上がり、そのまま黒田の横へ並ぶ。
黒田は何だろうと首を傾げる。
そんな彼女を見て有栖は————
「謝らないわ。悪いと思っていないもの。」
スタンガンを直撃させる。
声を上げる余裕もなく気絶して倒れる黒田。
「これで邪魔者はいなくなったわね。」
そう言って有栖は気絶した黒田を抱えて、部屋のクローゼットに彼女を隠した。
九頭竜はその様子を見て不思議そうな表情を浮かべる。
「……スタンガンといえど強力過ぎないか?」
「そうですかね?一応国内で一般人が手に入れることができる普通のスタンガンを改造しただけのものですが。」
有栖は九頭竜の質問にあっさりと答える。
「お前はなんでもできるんだな……。」
「ええ。ご主人様の要望にはすべて応えられるよう努力していますので。」
「こんなことは求めていないと思うのだが……」
真顔で言い張る有栖に、九頭竜はなんとも言えない気持ちになる。
「彼女は今後の計画に邪魔な存在です。ご主人様が何故彼女を保護したのか謎ですが……始末できないのであればこうするしかありません。」
「お前の言う通り、俺もこいつを保護する理由はさっぱりだ。まぁ、ボスには我々には到底想像がつかない考えをお持ちだしな。」
九頭竜と有栖は互いに効率だけを求める性格だ。
その為、二人の考えは一致することが多い。
「彼女の処分は今後行うとして……冥土が得た情報の共有を頼む。」
「少し長くなりますが、ご了承を。」
その言葉と共に彼女は話始めた。
———————————————————
「状況は諸々把握した。それで……紗月は従ってくれたか?」
「はい。従ってくださいました。あの人にしては驚くほど素直に。」
「そうか。それはご苦労。紗月が指示に従っているのならばこちらもこちらで動きやすい。」
安心し、ほっとした様子を浮かべる九頭竜。
有栖は思い出したかのように話しかける。
「そういえば、ご主人様からの伝言を紗月さんを通してお聞きしました。」
「内容は?」
「リミッター解除した黛をこちらに呼べとのことです。」
「……何?リミッター解除とは珍しいな…。」
リミッター解除という単語を聞いて眉間にしわを寄せる九頭竜。
有栖は淡々と続ける。
「私も最初聞いたときは驚きましたが、ボスはよほどお怒りなのかと。」
「それもそうか……。」
九頭竜の言葉に首を傾げる有栖。
「そうかとは?」
「いや、何でもない。気にするな。それと黛の件も承知した。平田には冥土から連絡を頼む。」
「こういう大切な連絡は九頭竜さんがやるべきでは?」
「状況を一番知るお前が話した方が伝わりやすいだろう。」
「確かにそうですね。では、連絡してきます。」
有栖はそういうと部屋を一度退出する。
———————————————————
連絡を終えて部屋に戻ってきた有栖は口を開く。
「それで、作戦とは何でしょうか。私としてはすぐさまご主人様を助けに向かいたいのですが。」
「ボスを救出するという冥土の考えは俺も同じだが……奴らもかなりのやり手だ。確実な戦力が必要となる。」
「それはそうですが……」
緊迫した空気が二人を囲う。
有栖が考える様子を浮かべる中、九頭竜は話始める。
「ここは確実な戦力を携えて乗り込みに行くのが一番だろう。ボスには少し時間がかかって申し訳ないが、紗月に監視を任せていれば大丈夫だろう。」
「……まぁ、仕方がない事ですね。」
「だから俺と有栖は迎え撃つ準備をするだけだ。」
九頭竜の瞳が怪しく光る。
その瞳を見て小さなため息を吐く有栖。
「準備ですか。具体的に何をするのですか。」
「簡単なことだ。ついてこい。」
「ついて来いって……。」
背を向けて歩き始める九頭竜。
有栖は不服そうな顔を浮かべながらもその後を付いていった。
———————————————————
「———そういえば。お前はまだ見ていなかったな。これから向かうのは例の洞窟だ。」
「例の洞窟って……まさか。」
「ああ、大量の死体が詰まった井戸が存在する洞窟だ。」
九頭竜の言葉に不快そうな表情を浮かべる有栖。
「吐き気を催しますね。気持ち悪い。」
そんな有栖を見て、九頭竜は何か思ったのか、 気を遣ったような表情を浮かべた。
「実物は想像以上のものだぞ?」
「最悪じゃないですか。」
有栖は不機嫌そうに、吐き捨てるように呟く。
それはまるで独り言のようでもあった。
遠くを見るように。"過去のこと"を思い出すかのように。
二人はそんな会話をしながら、歩き続ける。
そして———————
「ついたぞ。ここが例の洞窟だ。」
「本当に海辺の洞窟なのですね。初めて見ました。」
珍しいものを見る有栖。彼女の様子に少し笑みを浮かべつつ、九頭竜は進む。
「とりあえず井戸がある場所まで行くぞ。奴らの仲間がいる可能性もある。気を引き締めろ。」
「いわれなくてもわかっています。次はありません。」
有栖は凛とした声で返し、進んでいく。
———————————————————
「で、そんなときは……」
目の前で杉山さんが演説のような説明をしている。
まるで毎日授業を受けていた学生時代に戻ったかのような
俺は少し気が緩み、欠伸をする。
「あ、坂田さん今欠伸をしましたね。ちゃんと聞いてくださいよ!」
その様子を見た彼女は俺に指摘をする。
「すみません。なんか懐かしさを感じてしまいまして。」
「懐かしさですか?」
俺の答えに首を傾げる杉山さん。かわいい。
「ええ、まるで授業を受けている感覚でしたので。」
「なるほど。授業ですか。確かに言われてみればそのような感じになっていますね。」
彼女は理解した子供の様に二度頷いた。
「まぁ、あと少しで終わるので我慢してください。お願いしますね。」
杉山はそう話すと組織についての説明を再開した。
正直説明会のような長い話は好きではないのだが、我慢して話を聞き続ける。
全ては、第2の人生の為。
———————————————————
時は有栖が捕まった時に遡る。
『仲間ですか……?』
え、有栖が負けるとかこの人たち強すぎでは。
でも実際俺達って世間から見たら大悪党だし、杉山さんたちが行っていることは正義の象徴なのでは……?
内部情報を持っている俺が彼女たちに情報提供をすればエンプレスを潰してくれるかもしれないな……。
しかも俺はスパイでしたって警察に言えば捕まらずに助かって、犯罪に関わることが無い一生平和な第二の人生が始まるのでは!?
『どうするの。ボス。』
耳に響くことのない紗月の声。
俺の行動は早かった。
『わかりました。私は貴女の組織に入ります。だからどうか、有栖を解放してください。』
こんな正当な理由で組織を捨てることができる機会二度とないだろう。利用させてもらうが……まぁ、一応隣にいる紗月に殺されないように苦渋の選択をした演技をしないと……。
『なっ————ボス!考え直しなさい!一人の女のために私達を捨てるというの!?』
紗月も予想外だったのだろう。驚きの表情を浮かべている。
残念だったな紗月。俺はもう止まらないぜ。
『紗月。これが私の答えです。私に逆らうことは許しません。』
『ボス……。』
いや、待てよ……。
このままいくと待機中の平田とかはどうなる?
彼女のことだし、俺を殺しにここまでくる可能性があるな……。
悩む坂田に一つの案が生まれる。
(黛を無理矢理リミッター解除させて平田達をこちらに来ることができないようにさせればいいのでは?)
過去の経験上、リミッター解除をした黛は一人の力では止めることはできない。
それも幹部総動員で押さえつけ、気絶するまで相手にしなければならない。
北海道に来るまでにあちらで黛を暴れさせれば、平田達だけではなく、ガーディアンズや警察も総動員で対応することになる。
その間に俺は安全な場所へ移動すればチェックメイトだろう。
よし!そうと決まれば早速紗月に伝えなければ……
そう思って彼女に顔を向けた瞬間。
彼女は俺に対する殺意を表情に浮かべていた。
『————————っ!!』
急な変貌に声にならない声が発せられる。
ヤバイ……どうやら完全に怒らせてしまったらしい。
急いで彼女に言い訳を考えなければ……
『彼女が殺されてしまう可能性だってあります。仲間の一人の命は尊き命です。それが私の犠牲一つで助かるなら私はそちらを選びます。たとえ心や体のリミッターを解除してでも。』
あまりにも焦りすぎて心や体のリミッター解除とか訳の分からないことを言っちゃったよ……
絶対理解してくれないわ。じゃあね。人生。
彼女の持つリボルバーのトリガーが引かれる。
と思っていた。
『そう。ならもういいわ。』
た、助かったのか?
それとも完全に見限って、殺す価値すら無くなったということだろうか。
『————心底失望したわ。さようなら。』
犯罪者に失望されたところで何のダメージもないな。
むしろ心が晴れやかになっていくわ。
彼女はそういって喫茶店を出ていく。
鳴り響いたのはドアに付属している鈴の音。
『はぁ……。』
俺は安堵のため息を吐いた。
もう疲れた。リミッター解除とかどうでもいいや。有栖を倒せる人なら平田達も倒せるだろ。
黛のリミッターを解除する権利は俺にしかないし。
『さてと、最後の仕事を終わらせてくるか……。』
俺は重い足取りで、送られた住所の場所へ向かう。
最後の仕事であるメイド解雇の為に。
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